在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

《親米保守映画列伝》東宝「日本一の若大将」(1962年)~「ソウル?」「韓国の」「はあ韓国ですか」(笑)~半世紀前の嫌韓。

2014年10月スタート、BSジャパン「土曜の若大将」も3週目。

 

10/4(土)スタート「土曜の若大将」~シリーズ全作見せます! 加山雄三大いに語る:2014年10月1日(水)夜11時30分|BSジャパン

 

日本がどんどん「現在」になっていく。 

 

 

加山雄三主演、東宝喜劇「若大将」シリーズは、

同じく植木等の「無責任」「日本一」シリーズ、

森繁久彌の「社長」シリーズ、

と並ぶ、戦後日本の保守本流親米保守」思想=自由市場経済勝利を謳い上げた「政治映画」である。 

 

《親米保守映画列伝》東宝「若大将」シリーズの10年戦争(その1)~身分違いの恋だから。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

《親米保守映画列伝》東宝「若大将」シリーズの10年戦争(その2)~加山雄三VS渥美清&高倉健~太平洋戦争再び - 在日琉球人の王政復古日記

 

《親米保守映画列伝》東宝「若大将」シリーズの10年戦争(その3)~加山雄三VS樺美智子~雪山賛歌/雪山惨禍 - 在日琉球人の王政復古日記

 

《親米保守映画列伝》東宝「若大将」シリーズの10年戦争(その4)~ブルジョアVS花嫁修業VS夜の蝶VS中卒勤労者。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

ラブゲーム東宝「社長、駅前、若大将、無責任」VS純愛松竹「寅さん」VS売春東映「トラック野郎、まむしの兄弟、不良番長」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

田中邦衛1960年代映画地獄巡礼~東宝「若大将」VSフジテレビ俳優座「若者たち」VS東映「網走番外地」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

シリーズ映画ではよくある話だが、レギュラーキャラの性格が急に変わったりする。

 

若大将のライバル・青大将(「仁義なき戦い」から「北の国から」までの田中邦衛)が、今回は若大将のパートナーとなって迷惑をかけまくる。

 

おなじみモダンなテイスト・東宝女優陣は、

 

兄貴を出し抜いて店を継ぐ話になっている、なんだかんだいって、相変わらず自分の利益に忠実な(笑)チャッカリ妹・中真千子。

 

気品溢れる大根女優(笑)藤山陽子は、お嬢様レベルが上がり続け、今回ついには宮様のお后候補である(笑)。1959年の御成婚前後の日本を席巻した皇后美智子人気、世に言う「ミッチーブーム」が映画の中にまで押し寄せたわけだ。

 

北あけみは相変わらずお色気担当。平成のグラビアアイドルに比べれば、凹凸に乏しいボディーラインだが、当時としてはあれでグラマーだったのである。当時の日本でEカップだのGカップだのがいたら、お色気どころか一種の「奇形」である(笑)。日本の食糧事情と栄養状態がこういう場面で判る。

 

団令子はお休みで、代わりに女子大生担当は青大将の従兄弟役で田村奈巳。

 

そして、ヒロイン・星由里子は、銀座のスポーツショップ店員で「オート三輪」運転中に「カミナリ族」に絡まれる。

青大将のアメ車のオープンカー、ヒロインのオート三輪、カミナリ族のバイク。

高度経済成長が日本にモータリゼーションの波を呼び寄せる初期の風景だ。まだ、その後世界を制覇する日本車の陰は薄い。

「カミナリ族」は、後に暴走族に発展する。戦後日本のサブカルチャー「ヤンキー」の源流の一つである。まだ特攻服は着ていない。

 

「日本一の若大将」で、政治的に、個人的に、一番印象的だったのは、若大将の妹のお見合いエピソードである。

世の中に「若大将」好きな邦画マニアはたくさんいると思うが、このシーンに注目したのは、映画評論家も含めて、おそらく「私だけ」だと思う(笑)。

このエピソード、映画のストーリーからいえば枝葉の話でどうでもいいパートなのだが、ここに今の日本に通じるキーワードが出てくる 。

若大将の実家・麻布の老舗すき焼き屋「田能久」の箱入り娘ともなれば、中産階級のお嬢さんだから、お見合い相手もそれ相応の高スペックとなる。

ただし、このお見合い自体はすぐご破算になるし、映画の脚本としては、相手が誰でも、どんな職業でも、たいした意味はない。別に「会社のオーナーの息子」でも「東京の料亭の跡取り息子」でも、役人にしても「大蔵省の若手」でもいいのに、なぜか相手が「外交官のタマゴ」なのである。この外交官という設定に映画上の積極的な意味はまったくない。

しかし、ここでのコメディトークが平成的にはビンビンくるのだ(笑)。

 

若大将の親父は娘と官僚との見合いに乗り気だ。なんとなく消極的な娘に対して「外交官と結婚したら外国へ行けるぞ」とメリットを強調する。

ここで親父が(当時の日本人が)想定している「外国」とは、憧れのアメリカかヨーロッパ(当選西側)、ちょっと外れても(当時はまだ移民の受け入れ先だった)ブラジルなどの南米である。

1962年の日本にとって、アジアなんて「外国」のカテゴリーに入ってないのだ。

もちろん戦前戦中は戦争でアジア諸国と大いに関わったし、1990年以降アジアの経済発展によって支那韓国、東南アジアは無視できない存在となった。しかし当時はちょうどエアポケット、日本人がアジアを忘れようとしていた時代なのである。

かろうじての例外は、香港くらいだろう。

 

若大将の親父さん「外交官ともなれば外国へ赴任するんでしょうな」とワクワクしながら話題を振る。

見合い相手の外交官の卵は「はい、ソウルへ」と答える。

勝手にハワイ、ロンドン、香港みたいな回答を期待していた親父さん「・・・ソウル?」と、一瞬どこの国なのか思いつかない。

外交官の卵「ええ韓国の」と追加説明。

卵の母親も「まあ、公使館ができてからの話ですが」とフォロー。

すると親父さん、何とも言えないションボリとした顔になって「はあ、韓国ですか」と消え入るような声になる(笑)。

 

1962年当時の中年男性なんだから、「ソウル」という都市名に慣れてないこともある。「ケイジョウ(京城)」ならばピンと来ただろう。

しかしなにより当時の日本において「韓国」のイメージは最悪だったのである。

 

もちろん、戦前の植民地というイメージもあるし、戦前の東京にいた貧乏な朝鮮人労働者のイメージ、そして終戦直後の闇市を大きな顔して歩いていた三国人のイメージも残っていた時代だ。ハッキリ言えば「朝鮮人は日本人より劣っている」という意識はあったのである。それは平成の今でも鮮明だ。

さらに1950年代の「朝鮮動乱」。日本人がもう忘れようとしていた地名を嫌でも思い出させるニュースであった。

そして1962年といえば、今の朴姐さんの偉大な父・朴正煕が軍事クーデタで全権を掌握しつつあった時期だ。

 

終戦時の三国人の思い出だけでもイメージが悪いのに、悲惨な内戦に、さらに軍人が威張る国。当時の日本人は自分たちの戦争体験を通じて「軍人が政治を握る」ことの不愉快さを肌で知っていた世代だ。

さらに日韓基本条約は1965年だから、当時はまだ日韓関係が正常化していない。だからこそ「公使館ができてから」というセリフも出てくる。

 

想像だが、おそらく映画の脚本を練っている最中に、新聞では「韓国で軍事クーデタ」「朴少将が全権掌握」みないな見出しが踊っていて、それを取り入れたのだろう。何でもよかったのだ。脚本家は大した意味なんか考えてない。

お見合いシーンは映画ではこれだけの話で、時間としては数分で終わる。

映画の主題でも重要エピソードでもない。ハッキリ韓国を嫌悪する演出も、馬鹿にする演技もない。

しかし当時の日本に「韓国へ赴任する」ということが、ブラックジョークになるようなイメージがあったからこそ、喜劇として成立しているのだ。

こういう無意識にこそ、政治が露出する。

 

在特会」マインドは半世紀前からあった。21世紀になって生まれた話ではないのである。

そして、さらにさかのぼって、若大将のお父さんの時代から、日本には「朝鮮」が存在したのである。

 

朝鮮への視線~息子加山雄三の戦後1962年東宝映画「日本一の若大将」VS親父上原謙の戦前1936年松竹映画「有りがたうさん」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

《在日コリアン映画列伝》日活「キューポラのある街」(1962)吉永小百合VS「Triumph des Willens」(1934)VS「風と共に去りぬ」(1939) - 在日琉球人の王政復古日記

 

東宝加山雄三「銀座の若大将」VS日活小林旭「銀座旋風児」(その1)~激突!歌う銀幕スタア! - 在日琉球人の王政復古日記