在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

スカートVSズボン~昔は、男もスカートをはいていたし、女性もズボンをはいていた。

このニュースは、是非ともイスラム圏で報道して欲しい(笑)。

タリバンなんかは発狂しそうだ。

 

男女制服交換:299人がチャレンジ 山梨の高校で - 毎日新聞

 

 山梨県立富士北稜高校(富士吉田市)で11日、生徒が男女の制服を交換して1日を過ごした。普段感じる「男らしさ」「女らしさ」を離れ、違う視点で自分や周りを見直す狙い。
 企画は生徒が提案し、賛同した299人がチャレンジした。ジャージー姿で登校し、体育館でサイズが合う人ごとに男女の制服を交換。男子はスカート、女子はズボンを着用して授業を受けた。
 女子は「楽だった」「このスタイルがいい」と苦にならない生徒が多かったが、男子は「スカートが寒かった」「階段などで周囲の目線が気になった」など大変さを実感した様子だった。

 

いや、イスラムまで出張しなくとも、アンチ・フェミニストジェンダーフリー反対論者はこの日ノ本にはワンサカいるわけで、この試みの背後に、日教組反日陰謀を「発明」、じぇねえや,「発見」するかもしれない。

しかし実際問題、まずは「物理的」問題、そして(おそらく)もっと大きいだろう「観念的」問題は、どうやって解決したのだろう?

   

サイズが合う人ごとに男女の制服を交換」つーことだが、男女の対格差は大きい。

小柄の女性高生が大きなズボンを履くことは可能だが、

大柄の男子の胴回りでも大丈夫なスカートをどうやって揃えられたのだろうか?

富士吉田は、小柄の男性が多いのか、大柄の女性が多いのか?

 

さらに問題なのは、男性には抵抗感は無いだろうが、

女性が「自分のスカートを、オトコの青臭いチンチンにベットリ接触させる気持ち悪さ」「オトコの汚いチンチンをグイグイ押し付けていたズボンを自分の素肌に直接接触させる嫌悪感」をどうやって解決したのか? 富士吉田はそういう潔癖症の女性が少ないのだろうか?

 

さて、女性は普通にズボンを履く機会もあるが、男性がスカートを履く機会はほぼ無い、、、というのはこの「近代」の話である。

 

別にスコットランドのキルトを例に出すまでもなく、この極東の島国では、男性も普通に「スカート」を履いていた。というか日常「ズボン」を履かなかった人はたくさんいた。

皆さん、時代劇で何千回と見ているはずだ。遠山の金さんは「着流し」姿で、下半身にズボンなんて履いてないのである。遠山の金さんの下半身はスカートと同じ構造である。

 

綿密な歴史学民俗学的裏付けがあるわけではないが、おそらく「スカート」と「ズボン」は、まったく次元が異なるところから、つまり全然違う目的・用途のために、発明された着衣ではないかと思う。

 

つまりは、

◎下半身を覆う着衣 →→→ ズボン、スカート、その他

というカテゴリーではなく、

◎胴を覆う着衣 →→→ スカート 

◎足を覆う着衣 →→→ ズボン

 というわけだ。

 

ズボンとスカート、どっちが素朴な着衣か?といえば、おそらくスカートだと思われる。 

スカートとはもともと「下半身を覆う着衣」というより、「胴体を覆う着衣が下に延長したモノ」だろう。人間の胴体は1個なので、それを覆うのは「1つの筒(空洞)」になる。それを下半身まで延長すれば、両足を「1つの筒(空洞)」で覆うことになる。
典型例は日本の小袖・着流しだ。
まず優先されるのは内蔵が入ってる胴体の保護であって、足の保護はその後の話なわけだ。

 

で、ズボンの原型は、今の形(胴体、右足、左足の三又の空洞)だったわけではなく、最初はロングタイツまたはガーターストッキング(片足を覆うだけの筒の2組)に似た物だったらしい。
股間は股間で別の着衣があったが、その股間用着衣とロングタイツが合体して、今のズボンになったわけだ。

さてなぜロングタイツが必要だったかといえば、足を防護するためだ。

ではなぜ足を防護するのか? 理由はおそらく2つである。

 

ひとつは「防寒・保湿」だ。

スカートとズボンの大きな違いはまず保温効果である。寒い地域ならばスカートよりズボンの方が断然有利だ。
しかし気温が高く湿気の多い地域なら、効能は逆転する。ズボンよりスカートの方が湿気がこもらないし温度も下がる。
つまり、寒冷・乾燥地域ならズボン、温暖・湿潤地域ならスカートが好まれるだろう。

 

支那は広いから全体ではいえないが、大雑把にいって日本より乾燥してるし気温も低い。日本は気温が高く湿気が多い。よって支那はズボンが快適で、日本はスカートが快適だ。 

これは伝統衣装からも同じことがいえる。支那は昔から男女別なくズボンをはいていた。

 

日本の衣装も、もともとは支那文化によって成立する。和服は呉服=支那の呉国の服なわけだ。

だから奈良平安時代から中世にかけて男女共に「袴」というズボンを履いていた。

しかし支那からの直接的影響を受けなくなってから、日本人の衣装は、公家武家・庶民の別なく、男女共に、ほぼ一貫して、日本の衣装は簡略化していく。

十二単は小袖に省略され、中世後期からは女性は小袖だけになり袴を履かなくなる。江戸時代に入ると庶民男性も日常は袴を着用しないで着流しになる。

支那を見習ってる間は袴=ズボンを履いていたが、高温多湿の日本風土のみを考えると、生活しやすいのは、ズボンではなく、スカートと同じ構造の着物だったわけだろう。

 

もうひとつは「馬」だ。つまり乗馬である。

着流しやスカートは両足を開きにくい。つまり馬に乗りにくい。さらに素足で馬に乗ったら両足が摩擦で怪我をする。足の保護にどうしても保護物=ロングタイツが必要だし、それが発展してズボンになったわけだろう。

つまりズボンは騎馬民族遊牧民族の生活から生まれたのではないか?

となれば、馬の歴史の源流であるユーラシア中央部と隣接する支那はズボンの風習を受けやすい。

そして乗馬の習慣はあったにしろ、他民族・他文化に比較して騎馬や遊牧が貧弱な島国日本ではズボンが普及しにくかった、といえるかもしれない。

 

このニュースにおいて、男女の別やジェンダー問題なんてどうでもいい話である。

今回の試みで、スカートは寒かった、視線が気になった、という男子学生の感想は、平成の御世になって、男性が和服を着る経験がほとんど無くなった、浴衣すら、、、という、日本の伝統的服飾文化の崩壊が背景にある。

コッチのほうが真の日本の危機なのだ。

 

このニュースでジェンダーフリー的なことに怒ってる、自称・保守派は三流のニセモノである。

ホンモノの伝統保守派ならば、和服文化を絶滅のほうをはるかに深刻に考えるだろう。

 

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