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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

《アナキズム映画列伝》東宝「太陽を盗んだ男」(1979年)~沢田研二VS菅原文太~「共産主義の赤」VS「無政府主義の黒」

21.映画

 

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1979年。日本で2本の映画が公開された。
この2本には共通点があった。
1つは、どちらも70年代東映・最期のスタア・菅原文太が出演していること。
もう1つは、どちらも「アナキストが主人公」だったこと。

 

一つは東映の、東映らしく狂った馬鹿映画(誉め言葉)。

 

アナキスト/アナキズム映画列伝・東映「総長の首」(1979年)~ジョニー大倉カンフー空手!菅原文太ギロチン社!岸田森全裸!黄門様ガラス食い!白塗り東京音頭! - 在日琉球人の王政復古日記

 

もう一つは。

 

「太陽を盗んだ男」予告編 - YouTube

 

邦画史上最高のアナキスト映画。

 

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 中学教師・城戸誠は、東海村原子力発電所を襲い、プルトニュウムのカプセルを盗み出し、独力で原爆の製造に成功する。誠は、自ら“9番”と名乗り、国家に次々と要求を突きつける。そして、交渉相手に警視庁の敏腕警部・山下を指名してくる。いったい誠の狙いは何なのか?

 

21世紀になって「太陽を盗んだ将軍様」が問題になったけれど(笑)、原爆が似合うのは、やっぱりジュリーでしょう。

 

国家権力に匹敵する暴力=原爆を、自分の手で作り出した。さあどうする?

 

もし彼が社会主義ならば、その暴力で、国家権力を乗っ取るか、国家権力との対等な関係を要求するだろう。北朝鮮が国際社会に対してやってることは正にこれだ。

社会主義革命は国家権力の否定ではない。

自分たちが国家権力を握るんだから、国家権力はまったく消滅しない。

 

しかし、もし彼がアナキストならば、暴力を手にした瞬間、実はその暴力を行使してまで手に入れるべきモノが「何も無い」ことに気が付く。
もし、原爆の恐怖で誰かを何かを強要したら、それは国家権力と同じ悪だからだ。

暴力で何も手に入れないこと、それが国家権力への否定=アナキズムとなる。

 

ゆえに、アナキスト・ジュリーは原爆で日本政府を脅しながら、要求は権力でも政治でもなく、プロ野球ナイター中継の延長、ローリングストーンズ日本公演、くらいしかなかったのである。

原爆という国家権力並みの暴力の、面白半分の「無駄遣い」。

これがアナキズムの「革命」である。

 

この奇跡の映画、「当時最高のイケメン」沢田研二と「ヤクザ映画のカリスマ」菅原文太の顔合わせも素晴らしいし、ジュリーはターザンになるわ、文太は不死身のゾンビだわ、脚本もアナーキーにぶっ飛んでいながら、湧き上がるエネルギーで物語の破綻を見事にねじ伏せている。

 

冒頭、大東亜戦争で息子が死んだことをどうしても受け入れられない頭のネジが飛んだ老右翼・伊藤雄之助が「天皇陛下にお会いしたい!お聞きしたいことがある!」とバスをハイジャックして皇居に突っ込む(ちなみに、この撮影は警察に無許可のゲリラ撮影だったらしい)。

 

この映画では「赤」と「黒」が印象的に描かれる。

「赤」歯社会主義の色、「黒」はアナキズムの色だ。

労働組合の「赤旗」が林立するメーデーの日に、ジュリーは警察に命じて、「黒旗」を持たせて天下の往来を走り回らせる。左翼マニアにはたまらない絵だ(笑)。

原爆の解体に2本のコードのどちらかを選択するシーンでも、その色は「赤いコード」と「黒いコード」。

 

アナキストにとって、安倍ちゃんを応援するような体制バンザイ右翼は、当然ながら唾棄すべき敵だが、日ごろ公安にイジメられてるようなアウトロー右翼に対しては、アナキストの心情はシンクロするのだ。

党中央の命令に従って赤旗を振って行進する組織された社会主義者たちよりも、行き場を失った孤独な暴走右翼に触発される。

組織された社会主義者は、権力を欲しがる、権力を疑わない、という点で安倍ちゃんと同類なのである。

 

映画の後半、「太陽」を盗んだ男・ジュリーの体調に変化が訪れる。血痰を吐き、髪の毛が抜け始める。

「太陽=原爆=暴力=権力」は、身近にあるだけで、その所有者すらも、その「権力の毒」に犯されていく。

 

アナキズムにとって権力は絶対悪である。

しかし権力は人民の欲望が生み出す。

だったら権力を消滅させるには、根源たる人民を全滅させるしかないのである。

 

ラスト、抜けていく髪の毛をフッと拭き飛ばしながら、資本主義に爛熟する巨大都市・東京の雑踏を放浪するジュリー。時限装置のスイッチが入った原爆を抱えたまま・・・

ショッピングを楽しむ、日常に満足な善男善女には近所迷惑な話である(笑)。

 

アナキスト/アナキズム映画は洋画にもある。そういうお話はまた後日。

 

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