在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

《リバタリアン映画列伝》「ロボコップ」(1987年)~リー・クアンユーのシンガポール=オムニ社のデトロイト。

シンガポールのリーさんが死んだらしい。

アジアの弱小貧乏国を、世界有数、アジアでトップ、日本より豊かにした人物だ。

 

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リー・クアンユー元首相が死去 シンガポール建国の父:朝日新聞デジタル

  シンガポールは東京23区より一回り広いだけの島国で、資源もないことから、リー氏は外国資本の誘致による工業化政策を主導した。外国企業を呼び込む魅力的な税優遇などで投資環境を整備。海外の有能な人材も引きつけることで工業に限らず、アジア有数の金融センターの構築にも成功した。同国が1人当たり国内総生産(GDP)で日本をしのぐ土台を築いた。

 

第2次世界大戦後の第三世界は、ラテンアメリカも、アフリカも、中東も、東南アジアも、東アジアも、貧乏という意味では有利も不利もなく横一線だったはずだ。

いや、第2次世界大戦の戦場にならなかった他の地域よりも、大東亜戦争の爪痕が深く残る東アジアが一番不利だったかもしれない。

しかし白人たちのアメリカ・ヨーロッパを脅かす工業化、産業化をなり遂げたのは、まず、その東アジアだった。

 

石油が取れて、一番有利そうだった中東は、21世紀の今でも、イスラム国みたいな、どうみても、自動車を大量生産したり、新しいサービス産業を興したり、できそうにない、銃で人を撃つことだけが取り得の集団が大暴れだ。

戦後70年、もちろん個々の国で例外はたくさんあるが、東アジアと中東の戦後史の違いはいろんなことを考えさせるものがある。

 

 

そして日本と共に東アジア産業化の先頭に立ったのがシンガポールである。

 

リー・クアンユー氏死去、91年の偉業とは? | アジア | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

 

リーさんの手法は「開発独裁」と呼ばれる。

民主主義や人権を抑圧してでも、産業活性化を強行する。今日の人権より明日の飯。

韓国の朴姐さんのお父君・朴正煕も同じだ。大きく見れば、日本の吉田茂池田勇人も同じだろう。

 

リーさんと朴パパの大きな違いは、軍隊とナショナリズムだ。

 

韓国は中途半端に大きすぎて、軍事を無視するわけにはいかなかった、というか国防が常に国家の最重要事項だった。

対してシンガポールは小さすぎて、ハナから軍事オプションでの国防は不可能だったので、スッパリ諦めることができた。 

 

そして朴パパは朝鮮民族という単一民族を率いていた。民族構成が単純だと「ナショナリズム」という、手っ取り早い、しかも効果抜群の、しかし厄介な副作用(笑)も大きい、麻薬のようなお便利ツールが利用しやすい。そして漢民族やヤマト民族との対抗上、朴パパもその誘惑には勝てなかった。

対してリーさんの小さな島には、華僑もマレー人もインド系もいたわけで、「偉大なるマレー民族!」だの「悠久の歴史を誇る漢民族!」といったナショナリズム物語に頼るわけにいかなかった。だいたい「民族」を言い出したら、支那やマレーシアとの関係もややこしい。リーさんはエスニックを利用するわけに行かなかったのだ。

 

しかし、リーさんは、軍隊とナショナリズムという厄介な問題に悩まされずに済んだともいえる。朴パパは、そして娘さんもこの2つに今でも引っ張りまわされている。

 

何から何まで偉大なリーさんだが、批判もないわけではない。

 

リー・クアンユー氏死去、「明るい北朝鮮」シンガポールってどんな国? | THE PAGE(ザ・ページ)

 一方、こうした成長最優先の社会を実現するため、リー氏は独裁的な国家運営を強行しました。国内の言論は統制されており、政府批判ができない状態が今でも続いています。現在の首相はリー氏の長男であるリー・シェンロン氏が務めていますから、事実上の世襲制といってよいでしょう。

 シンガポールは単純労働を行う移民は期間限定での受け入れとし、永住を認めない一方、外国のエリート層や資産家に対しては積極的に移住を推奨しています。日本からもエリート層や資産家の一部が、男女平等のビジネス環境や安い税金に惹かれてシンガポールに移り住んでいます。

 リー氏が類い希な卓越した政治家であり、シンガポールの国家運営が大成功していることは誰もが認めるところでしょう。しかし、アジアでもっとも成功した国に、十分な民主主義が育っていないという現実は何とも複雑です。 

 

頑張れば金は儲かる、飯は食わせてくれる、能力があれば出身や家族は問わない、ケンカが強いは自慢にならない、でも、自由や人権は制限される。

これは、日本人にもなじみのある「組織」ではないか?

 

そう、「企業」だ。

 

会社には、重役もいれば管理職もいて、平社員もいる。派遣社員もいる。お互いに平等ではありえないし、職務遂行上、自由も人権も制限される。

リーさんは、シンガポールという「新興財閥」の創業者なのである。

 

さっきまでBS-TBSで「ロボコップ」第1作目をやってたようだ。

 

近未来のデトロイト財政破綻の末、警察サービスを巨大コングロマリット・オムニ社に売却する。つまり、デトロイトは、貧乏から脱出するために、政府を「民営化」するのである。

オムニ社は、ビジネスのためにも地域の安定が不可欠で、治安維持のためにサイボーグ警官・ロボコップを投入する。

リーさんが、シンガポールという貧乏な島が商売になるように、企業活動をやりやすくするために、自由や人権を制限して治安維持に努めたのと同じだ。

 

しかしシンガポールのリーさんが極悪人ではないように、「ロボコップ」のオムニ社も「倫理的に許されない鬼畜外道」とは描かれていない。

たしかにオムニ社の幹部の出世と金儲けしか頭になく、企業労働者になった警官たちに対して偉そうで横柄な態度を取るのだが、やってることは日本の企業でもよくある程度のパワハラで、ナチス北朝鮮やアメリカ南部の奴隷商人というほど酷いレベルではない。

 

そもそも主人公のマーフィー=ロボコップも、オムニ者に雇われた企業労働者警官であり、彼の戦う相手は、街の犯罪組織であって、オムニ社ではない。
その犯罪組織と組んだのもオムニ社の一幹部であって、オムニ社本体ではない。

 

その犯罪組織とつるんで金儲けをたくらんだオムニ社の年寄り幹部と、

出世のためにマーフィーの人体を勝手に改造した若い幹部は、対立するわけだが、

その構図は「悪党VS正義」では全然なく、やってることはドッコイドッコイの悪党同士の権力闘争なわけだ。つまりどっちもどっちである。

マーフィー=ロボコップが、自分の人格を無視して改造した若い幹部を倒さず、犯罪組織と年寄り幹部を倒すのは、デトロイトの住民のためでも公共の正義のためでもなんでもなく、自分を殺した連中とその親分という、私的復讐でしかない。

 

終盤「ロボコップはオムニ社には逆らえない」という弱点をクリアしてマーフィー=ロボコップを助けたのは、デトロイト市民でも、仲間の警官たちの奮闘でも、マーフィー=ロボコップ自身の正義感でも人間性の復活でもなく、オムニ社CEOのビジネス上の命令だった。

CEOが悪党幹部に向かって「お前はクビだ」と言ったから、ロボコップは悪党を退治できたのである。

そもそも、マフィアと組んだ幹部も、ロボコップを作った幹部も、このCEOに業績向上を競わされて、あんな行為に及んだのだ。もし2人の幹部が悪ならば、悪の最終責任者はこのCEOである。

しかしその悪の本丸CEOは、ロボコップに成敗されるどころか、ロボコップを助けて、ある種の信頼関係すら結んでしまう。

結局、戦いの結末は、人間・マーフィーが勝利したのではなく、オムニ社が利益にならない幹部を処分するという自浄能力を発揮したのだ。

 

マーフィー=ロボコップの活躍を通じて、実は、何一つ、変わったものはない。

オムニ社のデトロイト支配は変わらない。

オムニ社の金儲け体質も変わらない。

マーフィー=ロボコップがオムニ社の雇われ人=企業の犬という境遇も変わらない。

マーフィー=ロボコップが生身の人間に回復したり、失った家族を取り戻したわけでもない。

あいかわらず、マーフィー=ロボコップはオム二社には逆らえないままだ。

 

マーフィー=ロボコップは正義の主人公ではなく、かといってオムニ社も悪の巣窟というわけでもない。ロボコップデトロイトには、絶対の正義も絶対の悪もない。どいつもこいつも大なり小なり自分しかないエゴイストという凡庸な悪なのだ。

 

警察民営化で、デトロイトの悪は、減りもしなければ、増えもしないのである。

オムニ社は「自社の利益=エゴイズム」のために「犯罪の撲滅」を考える。 

旧来の国家が「国家意思」のために「犯罪の撲滅」を考えることと、その動機は異なるが、結果は同じ。

たとえ動機が企業のエゴであろうと、結果として安全が保たれるのなら、別に一般人側には何の問題はない。

おそらくデトロイト市民は税金の代わりに、オムニ社に「警察サービス料金」を支払うことになる。銀行自動引き落としで。関東の住人が、東京電力に「電気料金」を支払うのと何も変わりはない。

 

問題がないんだから、警察も民営化していいじゃないか。

いや、倒産の危険を回避するために自動的に経営効率化のインセンティブが働いて、赤字になりにくい「民営」の方が、ナショナリズムだの愛国心だの思想信条の余計な押し付けをやってくる「国営」より合理的じゃないか。

警察が民営化できるのなら、役所のサービスの99%は民営化可能だ。

赤字国債で悩むことも、官僚の汚職や不正で困ることもない。

これがリバタリアンリバタリアニズムである。

 

ただし「ロボコップ」シリーズで「企業≠悪」のリバタリアン映画だったのは第1作目だけ。シリーズ化してからどんどん陳腐化して、第3作目「ロボコップ3」になると「企業=ファシスト=悪」「住民コミュニティ=善」のアンチ・リバタリアン映画に堕落してしまうんだが。

 

オムニ社はデトロイト住民に「サービス料金を支払え」とは要求するが、

「祝日にはオムニ社の社旗を掲揚しろ」だの「会社創立記念日には創業者の墓に参拝しろ」だの「銃を持って本社を守れ」だのそういうことは言わないだろう。

 

韓国がどうしても歴史問題や民族主義から抜け出せなかったり、

日本が「あの戦争は・・・」という禅問答を70年も繰り返したり、

中東がコーランを読まずにモノゴトを考えたりできないのに比べて、

「オマエが、この島生まれだろうが余所者だろうが、漢民族でもマレー人でも白人でも黒人でも、どうでもいい。自由も人権もそういう余計なことはヨソでやれ。この島で生きていくなら、まずは目の前の仕事を頑張れ。あとは美味しい飯でも食って、暖かい布団でさっさと寝ろ」と言い切ったリーさんは、必要だと思えば、シンガポールロボコップを配備することに躊躇しなかっただろう。

 

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