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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

「場所」ではなく「人」~非常に特殊な球技「ドッジボール」

野蛮かどうか、てな話はほとんど興味がないが、ドッジボールという競技そのものには興味がある。

 

「ドッジボールは暴力」に賛否 (web R25) - Yahoo!ニュース

小学校の体育の授業などで誰もが一度はやったであろう「ドッジボール」について、ツイッター上に「野蛮なスポーツなので禁止するべき」という意見が登場。多くの人から賛同の声が寄せられている。

 

というか、スポーツをやるのは苦手だが(笑)、スポーツを考えるのは好きなのだ。

 

さて、世の中に「球技」と呼ばれるものはイロイロあるが、いわゆる「球」を使用すれば球技に該当するのか?

「球」を使う砲丸投げや新体操のボール演技は「球技」なのか?

逆に「球」を使わないバトミントンやアイスホッケーは「球技」ではないのか?

ということだ。

そういう思考を敷衍すると、「球」を使ってもゴルフやボーリングは「球技」ではない、と考える。

そして実は、野球も「球技」に該当しないのではないか?という疑問を持っている。

 

野球ははたして球技なのだろうか? - 在日琉球人の王政復古日記

逆にいえば、球技という競技は、ただ1個の誰のモノとも決まってないタマを、競技者間で奪い合うスポーツということだ。 

 

私の定義からすれば、ドッジボールは「ただ1個の誰のモノとも決まってないタマを、競技者間で奪い合うスポーツ」なので、正真正銘「球技」に該当する。

 

しかしドッジボール球技の中では、非常に特殊な存在でもある。

 

サッカー、ラグビー、バスケットボール、テニス、バレーボール、ポロ、セパタクロー、、、いろいろ球技はあるが、共通するのは、タマを「ある特定の場所」に接地させると得点になるということだ。

サッカーやバスケは、相手陣内奥にある「ゴール」にボールを入れれば得点になる。

テニスやセパタクローは、相手コートの地面全体が「ゴール」ということになる。

おそらく世の中の球技の99%はこのどっちかである。

 

しかしドッジボール(だけ、おそらく)は、ゴールという「ある特定の場所」は無い。得点はタマを相手に捕球させずに接触させたときに得点となる。

 

他の球技一般が「場所」を狙うスポーツだとすれば、ドッジボールだけは「人」を狙うスポーツなわけだ。

 

サッカーでもバスケでもテニスでも、タマの存在は相手選手から遠ければ遠いほど有利である。

しかしドッジボールは、タマの存在は相手選手から近ければ近いほど得点のチャンスとなる。

他の球技のタマが相手に渡せない大事な「宝物」だとすれば、ドッジボールのタマは「武器」なのである。

 

タマを、補給させない(相手のコントロールにない状態)まま、接触させれば得点

こういう発想のスポーツが他にあるか?と考えれば、野球の走者タッチアウトくらいしか思い浮かばない。

タマを介在させないなら、捕まらない(相手のコントロールにない状態)まま、接触すれば得点、という、エスニックスポーツではあるが「カバディ」がある。

 

おそらくドッジボールの原型は、相手に石などを当てて倒す、つぶて合戦(そのソフトバージョンが雪合戦)なんだろうから、世界中でやってたはずだが、スポーツ化した事例がほとんどないのは、逆に不思議である。