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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

靖国神社は「日本国民の神社」である。ただし「天皇の神社」ではなくなった。もちろん悪い意味で。

12.ヤマト/天皇制

こりゃ、自衛官専用の追悼施設が必要だなあ。

それとも、天皇陛下にも、市谷防衛省の殉職者慰霊碑へ、御行幸願うのか?

 

東京新聞:靖国神社 戦死自衛官は「合祀せず」:政治(TOKYO Web)

2015年8月14日
 安全保障関連法案の国会審議で自衛隊員のリスクの高まりが論議される中、靖国神社(東京都千代田区)は十三日までに、今後戦死した隊員が出た場合でも合祀(ごうし)はしないとの見解を明らかにした。共同通信の質問に文書で回答。靖国神社が一九七六年に示した合祀基準は、第二次大戦で死亡した軍人軍属らを念頭に置いた内容になっており「現在も基準に変わりはない」「自衛官合祀はない」と答えた。
 自衛隊は五四年の創設以来、戦死者を出していない。訓練中の事故などで死亡した隊員の追悼の場としては、東京・市谷の防衛省内に殉職者慰霊碑がある。元自衛官佐藤正久参院議員は、靖国神社の社報への寄稿や自身のブログで「(殉職者慰霊碑では)広く国民が慰霊・顕彰することは困難」「靖国神社に祭られるかどうか議論をしておかなければ」といった考えを表明している。
 靖国神社は七六年に国会図書館に提出した資料に合祀基準を明記。合祀対象は、戦地と終戦後の外地で戦死した「軍人軍属」や、戦闘で死亡した満州開拓団員、旧ソ連満州などでの抑留中の死亡者ら「準軍属およびその他」としている。
 この基準が現在も適用されているかを尋ねたところ「基準に変わりはない」と答えた。
 首相や閣僚の参拝に関しては「参拝を希望される方であれば、どなたでもひとしくお迎えする」、天皇陛下の参拝には「粛々とお待ち申し上げる」とした。天皇の参拝は七五年以来途絶えている。昭和天皇A級戦犯合祀に反発して参拝を控えたとの見方が有力となっている。

 

それでも、不幸中の幸いかもしれない。

これを機会に、特定の宗教に依拠しない「日本版アーリントン」を作るチャンスかも。

 

とりあえず、靖国神社がこの判断なら、戦士自衛官の諸霊は、天皇陛下御自らの御追悼を受けられる可能性を確保できたわけだから。

だって、もしも靖国神社に祀られたら、戦死自衛官天皇陛下との関係は断絶してしまうからね。

 

靖国神社はペリリュー島より遠いのだろうか

西村眞悟 2015年04月14日

天皇皇后両陛下は、玉砕の島であり攻めたアメリカ軍から「天皇の島」と呼ばれた南太平洋のペリリュー島での戦没者慰霊を終えられ、皇居に戻られた。

天皇皇后両陛下の慰霊のためのペリリュー島への行幸啓に対して、国民には静かな感謝の思いが流れている。
そして、世界は、政治的存在ではなく、敵味方の区別なく慰霊する、祈る御存在としての天皇のお姿の尊さを感じた。

國を遠く離れた南の島で、孤立無援の勇戦敢闘を続ける日本軍将兵に接して、敵であるアメリカ軍は、 彼らが死守しようとする島を「天皇の島」と読んだ。
何故なら、日本軍将兵の勇戦敢闘は、天皇への忠誠心からもたらされたからだ。

その彼らは、南の島で戦没し、靖国神社に祀られている。
彼らは、魂魄となって靖国神社に集っているのだ。
従って、この度の両陛下のペリリュー島への行幸啓と慰霊は、如何ほど靖国神社に祀られる英霊を慰めたことか、計り知れない。

それ故、私は、畏れおおいことであるとは承知の上であるが、陛下にお願い申し上げたい思いを抑えることができない。

天皇陛下、どうか、靖国神社に、御親拝いただきたい。

三千㌔南のペリリュー島で戦没した英霊は、皇居の横の靖国神社に祀られております。
時、まさに春、靖国神社の春期例大祭であります。
どうか、御親拝いただきたい。

そうすれば、どれほど英霊が喜ばれるか。
そして、我が国に日本の正気が甦り、内外の魑魅魍魎は影を潜め、日本晴れのすがすがしさが我が国をおおう。

もちろん、毎年の靖国神社の春秋の例大祭において、天皇は常に勅使を差し遣わされてお参りをされていることはよく存じております。
しかし、御親拝と勅使は、天地の違いがあります。

そこで、諸兄姉に申したい。

天皇皇后両陛下は、三千㌔南のペリリュー島行幸啓されて慰霊されても、皇居の隣の靖国神社には行幸啓されて御親拝なさらない。

この陛下の御親拝を阻止しているものは何か!

それこそ、戦後日本が創りだしたもの、戦後に生きる我々が創っている「戦後政治」である。
この「戦後政治」は、戦いのなかで苦しみながら死んでいった英霊をさらに苦しめ続け、 英霊が守ろうとした日本を内部から崩壊させ、祈る御存在である天皇を苦しめる。

三千㌔南の太洋に浮かぶペリリュー島よりも、皇居の隣の靖国神社の方がさらに遠いのか!
こんな馬鹿なことがあるものか。

従って、我ら国民は、この「戦後政治」を打倒して、靖国神社への御親拝を実現する政治を建設しなければならない。

「戦後体制からの脱却」とは、靖国神社御親拝を実現することである。
「日本を取り戻す」とは、靖国神社御親拝を実現することである。

ペリリュー島行幸啓された両陛下を、ペリリュー島のジャングルを切り開いた路面でお迎えしてきた者としてもの申す。

天皇皇后両陛下は、ペリリューの炎天のなかでも、お優しく涼しげで天と直結した御存在であられた。

この天皇皇后両陛下が、靖国神社に御親拝できない「戦後政治」を、維持推進しようとする者、それを放置する者は、国家と陛下に対する反逆者であり、逆賊であり、人の心をもたない人非人である。 

  

よくもまあ、こんな軽い認識で、右翼渡世がやってられるもんだ。

そりゃ今上陛下にとって、靖国神社ペリリュー島より遠いに決まってるじゃん(笑)。

 

皇居と靖国は、地球と冥王星よりも遠いのだ。

九段下には暗くて深い河が流れている。

 

この陛下の御親拝を阻止しているものは何か!

 

そんなの答えは簡単で、靖国神社第6代宮司・松平某である。

 

天皇陛下靖国神社御親拝は、今後もおそらく絶望的である。

神をも知らぬ松平某が、御叡慮を公然と無視して、昭和殉難者A級戦犯を合祀した時点で、すべては終わったのだ。

もう無理なのだ。二度と取り返しはつかない。

「綸言汗の如し」ではないけれど、覆水盆に返らずだ。

 

今後、仮に何らかの方法で、靖国神社昭和殉難者A級戦犯の御霊を分祀したとしても、問題はほとんど解決しないだろう。

 

金粉ショーVSアメノウズメ&フンドシ一丁~靖国神社の昭和殉難者=A級戦犯《分祀》は技術的に可能ですよ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

昭和天皇も今上陛下も、昭和殉難者A級戦犯合祀以来、靖国神社御親拝を取り止めてきた。

もしも、昭和殉難者A級戦犯分祀されたとたん、天皇陛下靖国神社御親拝を再開したら、それは天皇陛下昭和殉難者A級戦犯を【完全否定】したことを意味してしまうのだ。

 

天皇として「彼らは朝敵であり、臣下と認めない」という意思表示になってしまう。

尊王思想の立場に立てば、昭和殉難者A級戦犯の御霊は、「神」から見捨てられ、地獄に堕ちたも同然である。東京裁判どころではない無限の厳罰である。

 

しかし、天皇として、臣下に対してそんな冷酷非情なことは出来ない。

つまり、昭和殉難者A級戦犯分祀された靖国神社には、ますます御親拝が不可能になってしまうのである。

 

かといって、昭和殉難者A級戦犯が合祀されたままの靖国神社には、今もそうであるように、今上陛下は御親拝できないままだろう。

なぜなら、大原則として、戦後の天皇は、皇室は、靖国神社に限らず、国民の意見が対立している、または諸外国から歓迎されない、そういう行事や場所には決して立ち入らないからだ。

 

天皇は、大災害の被害者を御見舞いする。国民体育大会臨席する。戦没者追悼する。和歌を御詠みになる。

なぜなら、国民の大多数は被害者救済や国民体育大会戦没者追悼や和歌詠みに賛成だからだ。というか反対する理由がない。諸外国も批判する理由がない。

 

しかし、天皇は、例えば原発再稼動に賛成もしないし、逆に反対もしない。

TPPにも集団的自衛権にも消費税にも賛成も反対もしない。触れない。近寄らない。

なぜなら国民の意見が二分する問題だからだ。

 

天皇にとっては、原発再稼動派も、原発反対派も、TPP賛成派も、TPP反対派も、靖国参拝の保守派も、アンチ靖国の左翼も、そしてもちろん昭和殉難者A級戦犯も、同じ日本国民という臣下であり、さらに琉球人もアイヌも、おそらく在日朝鮮人も含めて、日本に住む「朕の赤子」なのである。

「親」として赤子を分け隔て出来ないのだ。

 

この、日本列島の何もかもを吞み込む「天皇制」というシステムの怪物性は、それはそれで厄介な問題だが(笑)、長くなるので別の機会に考える。

 

さらに、天皇は日本と世界のバランスも注意深く見ている。

 

そして、世界は、政治的存在ではなく、敵味方の区別なく慰霊する、祈る御存在としての天皇のお姿の尊さを感じた。

  

そう、西村眞悟もちゃんと解ってるじゃないか。

天皇は、日本だけでなく、世界に対しても、敵味方の区別をしない、いや、できない、のだ。

たとえ、日本人がほぼ全員賛成でも、国際的に評判の微妙な問題には近づかない。

だから、たとえば捕鯨やイルカ漁に対しては、皇室は賛成も反対もいかなる態度も表明しないだろう。いやできないのだ。

 

世界各国とりわけ支那・韓国との善隣友好を考える皇室にとって、ましてやあのアメリカも暗に否定している現状、昭和殉難者A級戦犯合祀された後の靖国神社は「禁忌」となってしまった。

 

もちろん、毎年の靖国神社の春秋の例大祭において、天皇は常に勅使を差し遣わされてお参りをされていることはよく存じております。
しかし、御親拝と勅使は、天地の違いがあります。 

 

そう、御親拝と勅使は、天地の違いがあるのだ。

勅使を送るのが精一杯で、聖上御行幸が難しい場所になってしまったのだ。 

 

もちろん、日本国民はこれからも靖国神社へ参拝するだろう。

国会議員内閣総理大臣靖国神社へ参拝するだろう。

しかし、靖国神社の存在理由ともいうべき、最も重要な「聖上御行幸」のみは、おそらくこれからも、絶えて無いのである。

 

靖国神社はこれからも「日本国民の神社」「愛国の神社」として在り続けるだろう。

しかし、「天皇の神社」「尊王の神社」では無くなったのだ。

 

靖国派の皆さんは、愛国者かもしれないが、尊王家ではない。

 

国民や国際世論の賛否を二分するような合祀をされては、靖国神社へもう行けない、という昭和天皇の御苦渋を、あまりに簡単に考えすぎたのではないか?

みなさんは、大東亜戦争で一度は廃絶しかけた皇統を、国民世論と国際政治の微妙なバランスの上でサバイバルしてきた、昭和天皇の複雑な御立場と苦しい御気持ちを軽く見ている。

富田メモでわかるように、昭和天皇は本気で怒ったのだ。その事実を軽視しすぎだ。いや「畏れ多くも大御心を舐めた」のである。

 

現状どおり、昭和殉難者A級戦犯を合祀したままならダメ。

かといって、今から、昭和殉難者A級戦犯分祀したところでダメ。

合祀もダメ。分祀もダメ。どっちにしてダメ。

では、どうしたらいいのか? もはや、どうにもならない。すべては手遅れ。

 

尊王思想から見れば、松平某のやった行為は、百回切腹しても追いつかない不忠大逆である。なぜなら、もう取り返しがつかないからだ。

靖国神社と皇室の関係は、今からナニをやろうが、もう二度と元の状態へは戻らない。

 

ソウルに昭和殉難者顕彰国立霊廟を!~A級戦犯こそ朝鮮解放の父・韓国独立の義士である。 - 在日琉球人の王政復古日記