在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

少子高齢化~国家は子宮を持たない~先進国なら「コンクリートから人へ」が正しい。

強大な権力を持つ国家も、

莫大なカネを儲ける企業も、

「子宮」だけは持っていない。

先進国の難問はここから始まる。

 

そういう意味で、いくら、進化し、文明化し、科学と産業を発展させてきた、と威張っても、人間はまだまだ「動物」に過ぎない。

 

皆さんのお嫌いな(笑)民主党が言い出したことだから、感情的に反発するのかもしれないが、「コンクリートから人へ」は原則として正しい政治戦略である。

特に日本みたいな「峠を過ぎた」先進国では。

 

そういう意味で、「2位じゃダメなんでしょうか?」と同じだ。

 

蓮舫たんの「2位じゃダメなんでしょうか?」は政治として極めて真っ当な質問である。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

時事ドットコム:「コンクリートは人を守る」=安倍首相、民主に当てこすり

 「民主党の『コンクリートから人へ』というスローガンは受けは良かったが、コンクリートは人を守ることを忘れさせてしまった」。安倍晋三首相は5日の自民党国土強靱(きょうじん)化総合調査会の会合で、民主党が防災のためのダムや堤防の整備を軽視したとして当てこすった。
 首相は甚大な人的被害を出した東日本大震災に言及、「スローガンは政治の場において国民に分かりやすく目標をつくるが、間違ったスローガンは国を大いに危うくする」と強調した。 

 

もしも景気を良くしたいのなら、最も効果的な経済政策は、日銀に日本銀行券をジャカジャカ印刷させるより、とにかく「日本列島に子供を増やす」ことである。

もしも尖閣を守りたいなら、最も効果的な安全保障政策は、安保法案より、君が代斉唱より、とにかく「日本列島に子供を増やす」ことである。

 

マジメに日本の国力を回復させたいのなら、円安だの、インフレだの、瑣末な枝葉の話ではなく、「少子高齢化」を何とかするしかない。逆に、少子高齢化さえ何とかできたら、日本の国力は自然に回復する。

 

もっとぶっちゃけて言えば、本丸は「少子化」よりも「高齢化」である。

右だろうが左だろうが政治家は誰もビビッて言わないけど(笑)、日本の老人の寿命を大量かつ一気に縮めることが出来れば、それだけで日本は復活する。
その「日本の老人」とは、将来的に、これを読んでいるあなた自身であり、(民族は違えど国籍上は)これを書いている私も含まれる。つまり他の誰でもない、あなたとわたし=われわれが老人になる前に、どんな方法でもいいからサッサと死ねば、日本の問題のほとんど全てが解決する。残酷な話だが真実だ。

 

タバコ増税で日本は滅ぶ。日本を救いたければタバコを値下げせよ。60歳以上にはタダで配れ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

これに関しては、公共の福祉による基本的人権の制限(笑)になる疑いがあるので、話が長くなるのでまた次回、として、今回は「少子化」対策だ。


自民党も安倍ちゃんも、財政出動とか地方創生とかイロイロ頑張ってるが、もし出せるカネがあるのなら、その全額100%を、日本国民(正確には日本列島に住む人々)の出産・育児・教育にブチ込むべきだろう。

 

まず原則として、生殖能力を持つ女性(別に結婚してなくてもいい)は、セックスして、妊娠して、出産さえしてくれればいい。

そういう意味で、菅官房長官の発言は正しい。

 

菅官房長官「子ども産んで貢献を」 福山さんの結婚うけ:朝日新聞デジタル

 菅義偉官房長官は29日、フジテレビの情報番組で、歌手で俳優の福山雅治さんと俳優の吹石一恵さんの結婚について「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい」と発言した。

 

女性が生物的機能さえ果たしてくれれば、出産までの費用も、出産後の費用も、経済的な心配はしなくていい、すべて政府が面倒をみる。 

妊娠と出産の医療費、育児、託児、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校の教育費、この辺に可能な限り「財政出動」する。

つまり、女性が子宮さえ貸してくれれば、カネの心配は要らない。それが理想だ。

 

もちろん将来、医学・科学の進歩で「人工子宮」が発明されて、人間を「生産」できるようになれば、そのコストが「動物的な現在の出産」より安くなれば、その時には国家の経済政策のやり方はガラッと変わるだろう。

というか、そうなったら、経済政策をやる意味がなくなるかもしれない。なぜなら人間社会がその存在と意味を変えてしまうからだ。

それまでは、女性の子宮に、国家と経済は依存し続けることになる。

 

都会も田舎も、駅前や国道沿いなどに、24時間365日、0歳児から受付、かつ廉価(可能なら無料)の大型託児所をバンバン設置する。その規模は日本に生まれる全ての赤ん坊を受け入れられるレベルだ。

産みたいけど、育児が心配、なんていう女性をゼロにする。

働きたいけど、子供の面倒が、なんていう女性をゼロにする。

 

貧困家庭やシングルマザーなら、子供にメシも食わせる。

大量の託児所は、大量の雇用を生む。

子供は託児所に預け、シングルマザーは託児所で働く、でいいじゃないか。

 

しかし、がんばるお母さんのためだけではない。 

男運に恵まれない、望まない妊娠をしてしまった、経済的に能力的に子供を育てられない、誰にも相談する相手がいない、どうしたらいいかわからない、そういう女性も、大歓迎である。

 

乳児置き去りで母親逮捕 自宅で1人で出産(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュース

 3日、茨城県鉾田市の市道で生後間もない赤ちゃんが置き去りにされた事件で、警察は保護責任者遺棄致傷の疑いで、現場近くに住む母親の佐藤美和容疑者(24)を逮捕した。
 佐藤容疑者は同居する家族に妊娠を知らせず、ひとりで自宅で出産していて、調べに対し、「頭の中が真っ白になった」などと話し容疑を認めているという。

 

中絶女性を許すも許さないもない。バチカンが検討すべきは「無責任ゴム無し中出し男」への「許し」である。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

男と女の間には~「出エジプト記」は旅の記録である~ドメスティック・バイオレンスの起源。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

単に、育児をサボりたい、子供なんていらない、オトコと遊びたい、という母親失格者も大歓迎である。

いやいや育児の末、子供を虐待されるより、産んだ直後に殺されるより、託児所に子供を放置(捨て子)してくれたほうが、結果的には、赤ちゃんも、産んだ女性も、国家も、助かる。

 

子宮から出て、だいたい高校まで、0歳から18歳まで、つまり有権者になるまで、塾や予備校に行かない限り、家計は養育費・教育費を考慮しなくていい。

女性は子宮からひり出した時点で全ての義務は終了である。

その後の愛情は自由意志のボランティアである。できない、または、やる気がないのなら、やらなくていい。

まあ実行すれば、莫大な予算が必要である。だから上記は半分以上「夢物語」だ。

しかし、それが将来の税金と社会保障を支える国民を増やすなら、長期的には日本の復活である。 

 

「コンクリートから人へ」は原則として正しい。

 

もちろん後進国ならば、「人よりコンクリート」が正しい。そういう国は、アフリカやインドや支那のように、逆に困ってしまうくらい、「人」はじゃんじゃん増えるからだ。「コンクリート」が圧倒的に不足だから、政府は「コンクリート」の心配をすればいい。

 

しかし先進国になれば、「コンクリート」の心配は企業にさせればいい。しかし企業は「人」の心配まではしてくれない。企業にとって人件費はカットすべきものだからだ。人件費をカットすれば家計が減り出産も減る。「人」が減る。それが今の日本だ。「人」を心配するのは、できるのは政府しかいない。

 

本来、こういう考え方を、「社会民主主義」と呼ぶ。

ただし、これは一歩間違うと「ファシズム」でもある。

 

「託児所」も「学校」も、その政治的本質は「兵舎」や「刑務所」や「収容所」と変わらないからだ。社会主義ファシズムも人間を管理する思想であることは同じだ。

 

だから、前出の官房長官の発言も、たとえその気は無くとも、危険な思想を含んでしまうのである。

 

菅官房長官「子ども産んで貢献を」 福山さんの結婚うけ:朝日新聞デジタル

「『産めよ増やせよ』との政策を連想する人もいる」との質問には、「全く当たらない」と反論。「安倍晋三首相も、不妊治療を受ける方を応援する趣旨の発言をされている」と述べ、不妊治療の支援策などに取り組む政府の姿勢を強調した。

 

そうはいっても、危険でない政治思想なんてもんはない。

 

背に腹は変えられない。「コンクリート」ばっかり増やして、肝心の守るべき「人」が減り続け、日本を「立派なインフラを備えた無人地帯」にするよりは、マシだろう。

 

この面では、安倍ちゃんよりも、民主党の方が、思想的、政策的に正しかったのである。

 

「女性は2人以上出産=徴兵制」VS「日米安保=移民受け入れ」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

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