在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

「さいぼし」か「油かす」か~天皇制と部落差別は「親子」ではなく、同じ母から産まれた「兄弟」。

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野中広務氏が死去、92歳 官房長官や自民党幹事長を歴任 - 産経ニュース

2018.1.26
 官房長官自民党幹事長などを歴任した元衆院議員の野中広務(のなか・ひろむ)氏が26日午後、京都市内の病院で死去した。92歳。京都府出身。

 

隠れた部落差別、今も ふるさとの料理出したら離れた客:朝日新聞デジタル

2015/12/24

 名古屋市で居酒屋を経営する山本義治さん(38)は今年6月、生まれ育った地域で親しんできた料理をメニューとして紹介した。とたんに離れた客がいた。ふるさとは被差別部落とされた地域だ。
 「またか。まだ差別は残っているんだな」と感じた。「出身地を恥じることはない」という信念に基づく行動だったから、メニューはそのままで「スタイルは変えない」と言う。「生身の人間を見て、つきあってほしい」 

 

おそらくは、「さいぼし」か「油かす」か。

どっちも獣肉や内臓の燻製または揚げ物である。

 

油かすについては、近年、おもに関西方面で「かすうどん」として、街中で普通に見かけるようになったように思う。

昭和の昔ならまずありえなかった。

ただし、逆に、昔は安価だった油かすが需要急増で値段が上がって、昔から食ってた人たちにはイイ迷惑らしい(笑)。自由市場経済の功罪両面である。

 

これも近年、韓国や在日朝鮮人の情報が急増し、また米軍基地問題琉球も目立ってきて、ごく一部(笑)の差別大好きなヤマトンチュの興味がソッチへ向かって、相対的に部落差別の話題は陰に隠れてしまった感があった。

 

部落、在日朝鮮人琉球人、そしてアイヌ。これがヤマトの4大差別か。

 

ご本家筋の族譜を信じれば、ヤマトの血が一滴も入ってない純正100%の琉球人である私にとって、朝鮮人アイヌそして被差別部落は、「隣人」であり「ライバル」でもある。彼らの動向は、私自身の民族問題を考える他山の石となってきた。

 

このうち、北海道のアイヌを除いて、部落、在日朝鮮人琉球人の3つの差別は、人口が多いこともあって、やはり関西・京阪神がメッカである。

 

関西は、東京や関東、東日本の人には判りにくい「計算不能」なモノゴトをたくさん抱え込んでいる(いた)土地柄である。

もちろん関西以外の地域にも、その地域特有のヤヤコシイ問題はあるだろうが、関西はその多彩さ・複雑さ・怪奇さ・歴史の長さにおいて群を抜いている。

 

何で、日本の中で、関西(だけ)はそうなっているのか? 

これは歴史的・政治的・地政学的な要因である。
簡単に言えば、関西はずっと近畿=日本列島の首都圏だったからだ。

マクロに言えば、関西が「シルクロード」の東の終着駅だったからである。

 

日本列島も支那文明圏であり(※)、当然、各時代・各時代の中華帝国から有形無形の財・情報・人が流入してくる。

 

(※)ちなみに「日本文明」なんてもんはない。ローマ文明はあっても、イギリス文明やフランス文明がないのと同様である。

一番がんばって、文学(たとえば源氏物語)がせいぜいで、異民族に通用する、他者の共通ブラットホームになるような、文字(たとえば漢字)も、宗教(たとえば仏教)も、システム(たとえばローマ法)も、何も生み出してないのに、日本文明なんかがあるわけがない。

自分たちの名称を取ってナントカ文明と言い出すのは、まるで「文明」を、エライこと・カッコイイことの別名だとカン違いしてる、劣等田舎民族の願望に過ぎない。

 

ユーラシア大陸の大動脈、その東端、ターミナルステーションが関西というわけだ。

北九州から、日本の大動脈・瀬戸内海を経由して、現在の神戸港・大阪湾に流れ着く。

博多(北九州)、安芸(広島)、福原(兵庫)。

といえばNHK大河ドラマで不人気だった平清盛・平家一門の基盤だ。偶然でもなんでもなく、平家はこの「大動脈」を支配してのし上がったのである。

そして、これらの地域は、有名なヤクザ組織が多い場所でもある。これも偶然でもなんでもない。流通経済の繁栄・人の往来こそがヤクザの生命線なのだ。

そして、在日朝鮮人が多い場所でもある。これも偶然でもなんでもない。

そして、部落差別が多い場所も(例外は多々あるが)重なってくる。

 

六代目山口組分裂~山口組、弘道会、山健組VS平清盛、井伊直虎、真田幸村~ヤクザVSサムライ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

妖怪ウォッチとアベノミクス~「平清盛VSポルポト」の5000年戦争(その2) - 在日琉球人の王政復古日記

 

大阪湾はいわば「ニューヨーク」だった。

 

かつて、ヨーロッパ旧大陸からの船に乗った移民たちが、「自由の女神」を見て新大陸アメリカに到着したことを実感したように、

大日本帝国時代、朝鮮人も、琉球人も、故郷では見たこともないドデカイ煙突からモクモクと上がる黒煙を見て、当時「東洋のマンチェスター」と呼ばれたアジア最大の工業地帯・大阪に到着したことを実感したのだ。
大昔なら、(旧名)仁徳天皇陵四天王寺が「自由の女神」だったのだろう。

 

異邦人が多く住み着けば、社会のルールもややこしくなる。逆にそういう異質な要素を組み込むからこそ「ムラ」は「都市」に進化する。「都市」ができなきゃ「王朝」もできない。当然「天皇制」も成立しない。 

異邦人の存在は、関西が「近畿」である限り当然のことで、これが関西が理屈では割り切れない「計算不能」な土地になった大きな要因だ。

  

今も、昔も、関西という土地は、支那文明圏=東アジアからの財・情報・人が流れ込みやすい土地なのだ。この莫大な集積が、この地に列島の全国政権=大和朝廷を誕生させる。 

 

部落解放運動を含めて、左翼の皆さんは「天皇制が部落差別を生んだ」みたいなことを主張するが、これは間違ってると思う。

天皇制という「親」が、部落差別という「子」を、産んだのではない。

かといってまったく無関係でもない。

天皇制と部落差別は、ユーラシア規模の流通経済という同じ母親が産み落とした「兄弟」なのである。

 

近畿=首都=全国政権があるということは財・情報・人が集積するということだ。

集積するのはいいとして、この溜まりまくった財・情報・人をどうやって「消費」するかが次の問題となる。大和朝廷は前近代の政権だから、主に宗教分野に消費することになる。大量の神社仏閣の建設される。

大和朝廷の中枢部は奈良や京都に置かれ、北は比叡山延暦寺、東は伊勢神宮、南は奈良興福寺高野山金剛峰寺と、北・東・南を巨大宗教施設でガッチリ霊的防御して、西の大阪湾だけは出入り自由なオープンスペースになっている。そして中心部の奈良も京都も町中お寺だらけ神社だらけというくらい宗教施設を建てまくる。

 

この膨大な宗教施設が関西各地に「聖なる領域」を作る。

そこには神や仏に仕える人々、普通に田んぼでコメを作る農民ではないライフスタイルの人々を大量に雇用することになる。坊主や神主だけが目立つが、彼らの生活を支える下働きの人々の方が数的にははるかに多かったのである。 

彼ら神社仏閣に所属する人々は「聖別」された存在だから、俗界の農民達とは適用されるルールも権利も義務も異なる。俗界の人々には無いような労役もあれば、逆に特権も持っている。特に、人・畜生問わず、生死に関わる職務は聖別された人々の専門分野となる。彼ら無しには、宗教政権としての大和朝廷は運営できなかった。

 

これが中世末期以降、朝廷の経済的没落(神社仏閣の窮乏)、武士のリアリズム(殺生行為の脱宗教化・脱意味化)、宗教の地位低下(日本最大の圧力団体・比叡山への焼き討ち、軍事勢力としての本願寺一向一揆の解体)などが重なって、聖別された人々の地位もまた低下する。

 

江戸時代、俗に「士農工商」というが、この言葉こそが日本における宗教の地位低下を表現している。

だって、この4階層はすべて世俗の身分なのだ。宗教者がいないのである。

たとえばインドなら、バラモン(祭祀者)、クシャトリア(武士)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)と、宗教者階層も(そして被差別階層も)ちゃんと含まれる。

 日本の「士農工商」という言葉は、坊主、神主、山伏などの宗教者を無視しているのだ。彼らがまるでこの日本には存在していない、かのように、排除しているのだ。

坊主や神主が社会の例外的存在ならば、彼らの下支えをしてきた「聖別された集団」も例外的存在になってしまう。「見えない階層」になってしまう。

 

日本に住んでいるのは世俗の身分のみ。

戦国時代と江戸時代は「聖界」に対する「俗界」の勝利の歴史でもあるわけだ。

 

そして明治維新、近代になって四民平等、人権思想が蔓延。

人間が生まれながらにして平等なら、特定な人に特別な権利や義務があってはダメなことになり、聖界の彼らの特権や専門分野だけが奪われる。だだし俗界民衆たちの「差別感情」だけはしつこく残る。

「聖別」という権利を奪われ、「差別」という義務だけ背負わされる、圧倒的に不利な事態となったのだ。この矛盾を解決しようと部落解放運動が生まれ、全国水平社、部落解放同盟が旗揚げする。

これが、特に関西が理屈では割り切れない「計算不能」な土地である大きな要因だ。

 

20世紀までの関西は、そういう理屈では割り切れない「計算不能」を、無理に解決しようとせず、まあまあ適当に(笑)、やってきたわけだ。 

その「適当」というのは、たいていの場合、理屈を無視して、ゼニを使って、矛盾を隠蔽するという形式になり、当然そのゼニは、利害に厳格な個人や企業のゼニではなく、浪費が平気な役所のゼニ「税金」でまかなうことになる。

これらは、大雑把で、杜撰で、いい加減で、不透明な、しかしやはり、切実で、必要な、広い意味での「社会福祉」だったわけだ。

 

関西以外の、特に東日本の皆さんや、21世紀のネット保守の皆さんに判ってもらいたいのは、戦後高度経済成長以前、1960年代より前の日本の貧困層というのは、皆さんの想像を絶するくらいの貧乏だった。現代のシングルマザーやニートやフリーターも大変だが、比較にならない貧乏だ。そういう残酷な時間・空間に「計算不能」な人々は生きていたのである。

 

しかし時代は変わる。

現在の日本は、今まで通用してきた、大雑把で、杜撰で、いい加減で、不透明な「社会福祉」を許さなくなった。感情的にだけでなく、財政的に不可能になったのだ。

今から振り返れば、戦後高度経済成長、世界トップの経済先進国、ジャパンアズナンバー1は、一瞬の夢幻だった。日本の歴史の長さに比べたら、イレギュラーな白日夢だったのだ。 

ネオリベ=資本主義=自由市場経済というのは、世の中の万物を、聖も俗も、すべて理屈で割り切れる「計算可能」にする(できるはずだ)という思想だ。 

もう日本という国は、理屈では割り切れない「計算不能」な存在を適当に「飼い殺す」だけの余裕は無い。ぶっちゃけもうゼニが無い(笑)。

よって、今まで理屈では割り切れない(ことになっていた)、在日朝鮮人も、部落差別も、琉球の米軍基地も、「理屈」で割り切ることになったのだ。 

 

 橋下さんの登場と人気も、そういう、ナアナアで済ませてきた割り切れないモノも、これからは無理でも割り切る(じゃないとカネがない)、今の関西というか未来の関西への大きな流れと一つなのだろう。

 

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に続く。