在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

《ファシズム映画列伝》「ヒトラー ~最期の12日間~」その3~失われた「マックス・ラーベの20世紀ドイツ」。

SFや架空戦記・仮想戦記で「もしもナチがソ連に勝っていたら?」というIFは定番である。そうなったら、ドイツが世界を制覇していた、みたいな話になる。

しかし、本当は、サカサマの正反対なのだ。 

 


Max Raabe Live - You're the cream in my coffee...

 

「もしもナチがソ連に勝っていたら?」ではなく、

もしも、ナチが生まれてなければ、ミュンヘン一揆ヒトラーが死んでいれば、「20世紀はドイツの時代」になっていた可能性はあった。

もっとさかのぼれば、もしも、第1次世界大戦が勃発していなければ、サラエボで銃弾が外れていれば、もっと確実に「20世紀はドイツの時代」が実現していただろう。

 

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《ファシズム映画列伝》「ヒトラー ~最期の12日間~」その1~「私は総統に忠誠を誓った」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

《ファシズム映画列伝》「ヒトラー ~最期の12日間~」その2~「総統閣下、貴方はアーリア人ですか?」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

の続き。

 

結局、ドイツ・ナチズムは、ヒトラーは、世界に何をもたらしたのか?

マクロで見れば、

20世紀にありえたかもしれない「ドイツの時代」の2度目の流産、

そして「アメリカの時代」の確立だった。

 

ドイツ・ナチズムのアーリア至上主義、ユダヤ人迫害は、ドイツ・ワイマール共和国だけでなく、オーストリア、チェコポーランドをはじめとした東ヨーロッパにまで広がった。

この地域は、ドイツ語を話す住人も少なくなく、母国語でなくてもドイツ語を解する人々がたくさんいた「ドイツ語文化圏」だった。

これらの広大な「ドイツ語で話し/書き/考える人たちの文化圏」から、ナチズムに相容れない、主としてユダヤ系を中心として、膨大な亡命者が域外へ流出することになる。 

 

その中には、20世紀を代表する知性が沢山いた。
アルベルト・アインシュタイン相対性理論
エルヴィン・シュレーディンガー量子力学
クルト・ゲーデル@数学
ハンナ・アレント@政治思想
レオ・シュトラウス@政治哲学
ヘンリー・キッシンジャー@国際政治
ハンス・モーゲンソー@国際政治
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス@経済学
フリードリヒ・ハイエク@経済学
ピーター・ドラッカー経営学
カール・ポランニー@経済人類学

圧巻である。並べただけで、スゴイね、どうも。

 

もしも、ナチが政権を取ってなければ、彼ら彼女らの大半はその後も中央ヨーロッパで暮らし、ドイツ語で考え、ドイツ語で話し、ドイツ語で出版し、それらの知性はすべて20世紀のドイツ語文化圏の財産になっていたはずなのだ。

 

しかし、その大部分は、いろんな経緯はあるにしても、最終的には大西洋を渡って、さまざまな民族が雑居する「まだまだ若くて粗野な田舎大陸」アメリカ合衆国へ流れ着く。

 

もしも、イギリスプレミアリーグ、イタリアセリエA、ドイツブンデスリーガが解散して、選手が数百人単位で日本に亡命したら、Jリーグの試合内容や技術レベルはどうなるか?

20世紀前半アメリカの学問や思想の世界で起こったことは、そういう事態である。

戦後のアメリカが世界を支配する大国になったのは、持ち前の経済力だけではなく、ドイツから流れ込んだ世界的な人材のおかげでもあるのだ。

 

逆に、ナチスの支配した「ドイツ語文化圏」は、わずか数年で、それらの奇跡的な才能を一気に失うことになった。

戦後から21世紀のドイツは、何か生み出せたか? 

たかが高品質の自動車と、貿易黒字くらいのものだ。自動車なんか極東の島国でも作ってる(笑)。戦後のドイツは、日本やアジア新興国と同じレベルの産業くらいしか誇れるものがない普通の経済大国に堕ちてしまったのだ。

 

かつては日本でも、医学を勉強する人はドイツ語必修だった。カルテもドイツ語で書いたし、そもそも「カルテ」自体がドイツ語だ。かつて医学の本場はドイツだった。
だから、もしも、ナチがなければ、政治学も経済学も物理学もそのまんまドイツが本場になっていた可能性がある。

日本の学生も英語よりまずはドイツ語の勉強から始めないといけない。たとえばドラッカーのビジネス本も当然ドイツ語で書かれるわけで、和訳しても専門用語がドイツ語表現だから、勉強好きなサラリーマンだって無関係ではいられなかっただろう。

それが今では、学問の世界でドイツ語は重要ではなくなっている。

 

ナチが、ハイパーインフレを克服しアウトバーンを作ったから偉い、精強なドイツ軍を再建したからスゴイ、みたいな礼賛があるけれど、そんなもんは、田中角栄でも中国共産党でもボリシェビキでも可能だ。

ナチが、ドイツおよびドイツ語文化圏から、奪ったモノ、失ったモノ、逃したモノに比べたらハナクソである。

 

ナチが政権を奪う前、ワイマール共和制時代は、政治混乱と経済不況の時代だった。しかし爛熟の大衆文化が花開いた時代でもあった。

冒頭のyoutube、マックス・ラーベは、第一次世界大戦敗戦とナチス時代の間、ワイマール時代の大衆音楽を掘り起こして、現在に蘇らせているミュージシャンだ。

まだゲシュタポの監視がなかった時代、ベルリンのキャバレーの夜は、こういう曲で酒を楽しんでいたのだ。

ドイツの潜在力を考えれば、政治混乱も経済不況も、ナチが登場しなくとも、時間の問題で解決していただろう。第三帝国より軍事的に弱く、戦後の西ドイツよりいろいろな制度的問題を抱えた国だっただろうが、世界レベルの天才が山ほどいる、学問と芸術の大国だったのである。

 

アドルフ・ヒトラーよりも、マックス・ラーベの方が、「正しい、ありうべき、ドイツ」だった、と私は思う。

 

もっとさかのぼれば、ナチを生み出した要因、中央ヨーロッパを混乱させた要因は、第一次世界大戦だ。

たくさんの新兵器が登場して派手に戦線が動いた第二次世界大戦ばかりが有名で、地味な塹壕戦で陰鬱なイメージの第一次世界大戦はマイナーだが、世界史的意味においては、第一次世界大戦の方がはるかに重要だ。第二次世界大戦は、第一次世界大戦の後半戦、後始末に過ぎない。

劇的な勝利と壮絶な敗北の繰り返しである、第二次世界大戦やもうひとつ前の時代のナポレオン戦争とは異なり、第一次世界大戦は、一日で数万人が無駄に無意味に死んで、獲得した勝利は幅数メートルの前進、みたいな戦場である。

勝利もなく、敗北すらない、全長数千キロの塹壕にたまった糞便混じりの泥水に、人間の肉体も精神も生きながら腐っていく地獄である。

 

本来、ドイツもオーストリアも、イギリスもフランスもロシアも、こんな戦争をやる覚悟も予想もなかった。

安倍政権でおなじみ、ヨーロッパ各国に網の目のように張り巡らされた、戦争しないための、集団的自衛権(笑)が予想を上回る連鎖反応を引き起こし、あれよあれよという間に、ヨーロッパに陰鬱な地獄が出現したのだ。

 

第二次世界大戦の始まりは、ヒトラーが増長したからだ、増長させたのは、戦争を恐れるあまり、条約違反のヒトラーに厳しい制裁措置を取らなかった、集団的自衛権を無責任に放棄した、イギリス・チェンバレン政権の失敗にある、という主張は正しいが、

第一次世界大戦の始まりは、各国が、戦争を「恐れない」あまり、過剰にギャンブル的な強硬外交の応酬を繰り返し、後戻りできなくなったなれの果ての結論だった。

イギリスのヒトラー融和策は、第一次世界大戦のイケイケ外交大失敗の記憶から生まれている。

そして、イギリスのヒトラー融和策の反省が、今度は、キューバ危機を、世界全面核戦争一歩手前まで追い込んだ。

「歴史に学ぶ」というのは難しい話だ。賢明な歴史と愚かな歴史は人間には区別がつかない。賢明と愚かは、実は同じ歴史の裏表なのだ。

 

そして、第一次世界大戦で崩壊したオーストリア・ハンガリー二重帝国は、大戦直前、「世紀末ウィーン」と呼ばれる、ドイツ語文化圏を超えて、ヨーロッパ文明最期の輝きとでもいうべき、豪華絢爛な学問と芸術と文化の華が咲いた時代だった。

 

音楽、美術、文学なら、ヨハン・シュトラウスヨハネス・ブラームスグスタフ・マーラーエゴン・シーレグスタフ・クリムトフランツ・カフカ

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経済学では、文字通りオーストリア学派だ。

全員がドイツ人でもドイツ語話者でもないが、ハンガリーポーランドチェコなど、広い意味でドイツ語文化圏の人々であり、オーストリア・ハンガリー二重帝国の住人だった。

第一次世界大戦がなければ、帝国の解体がなければ、「世紀末ウィーン」は「20世紀ウィーン」と呼ばれたかもしれない。

 

君の涙、ドナウに流れ1956~彼らの歩み、国境に止まり2015~ハンガリー今昔物語、ハプスブルグ家の夢、オスマン帝国の後始末。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

ナチは、ユダヤ人を殺し、ポーランド人、ハンガリー人、その他東ヨーロッパの人々を排除した。

結果、「世紀末ウィーン」の残り香も消え失せ、ワイマールを生きたアインシュタインキッシンジャードラッカーたちもアメリカに去った。

ドイツ語文化圏の可能性は完全に潰される。

残ったのは、カッコいい親衛隊の黒い軍服とアウトバーンだけだ。

 

そして、亡命ユダヤ人学者が大学で教鞭をとるアメリカでは、モハメド・アリのような黒人ボクサーが活躍するようになり、マイケル・ジャクソンやプリンスの歌が世界を制覇するのも時間の問題だ。

 

アドルフ・ヒトラーのドイツと

アインシュタインキッシンジャーモハメド・アリマイケル・ジャクソンのアメリカ。

勝敗は明らかだったのである。