在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

左翼な人権(児童相談所=刑務所=ファシズム=社会主義)VS右翼な親権(家父長制=児童虐待=保守主義)。

日本国憲法改正草案 | 自由民主党 憲法改正推進本部

第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。 

https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf

 

一時保護、親の同意不要に 児相の指針見直し :日本経済新聞

2016/8/10
 虐待を受けた子供を親から引き離す「一時保護」に関する児童相談所の運営指針について、厚生労働省は10日までに、これまで原則としていた「保護者の同意」を必ずしも求めない内容に見直すことを決めた。特に子供の生命に危機がある場合などは、ためらわずに保護するよう明記。児相が慎重になりすぎて対応が後手に回る事態を防ぐ狙いがあるという。
 相模原市児相に保護を求めた中学2年の男子生徒が自殺を図り死亡した問題で、両親の同意が得られず児相が一時保護を見送っていた事態を踏まえた対応。来月中にも各自治体に通知する方針。
 相模原市は8月にまとめた報告書で「指針に基づく運用は児相によって判断が分かれることも考えられる」とし、国に一時保護の基準を明確化するよう求めていた。
 厚労省によると、新たな指針は保護者の同意について「原則」ではなく「得ることが望ましい」と表記。その上で、子供の生命に関わる事態などが疑われる時は、同意を必要とせず「ちゅうちょなく保護すべきだ」と明記する方針という。〔共同〕

 

個人的には、今回の厚労省の方針に賛成する。

少子化の日本、貴重な人材である子供を、馬鹿親の暴力で減らすのは愚の骨頂である。

 

しかし、自民党として、こんな「左翼」な方針を出していいのか?

今回の方針は、自民党憲法改正草案に、あからさまに逆行している。

つまり、厚労省は、未来(笑)の憲法に違反している。

 

私は、日本国憲法に過剰な思い入れが一切ない。

だって琉球人の憲法じゃないからだ。

日本人の憲法なんだから、日本人が改憲したいなら、すればいいと思う。

ただ、法として客観的に見れば、自民党憲法改正草案は、現行憲法より、かなり出来が悪いと思う。

琉球が独自の憲法を採用する場合、あれは拒否したい(笑)。

 

自民案第24条は、憲法に書く内容ではないが、保守思想としては正しい。

保守にとって、家族は最重要の単位である。親権は何より守らねばならない。

 

「親権」と「子供の人権」が対立した場合、「子供の人権」を優先するのは、人権というくらいだから保守ではありえない。その判断はリベラルだ。保守ならば「親権」を優先しないとウソになる。

 

それなのに、児童相談所という、たかが「公務員」の判断を、神聖なる家族の長たる「家長」の意思より優先するなんて、保守思想の破壊であり、リベラル的、いや、はっきり社会主義共産主義的な政策だ。

政府が、家族から、子供を奪う。完全にスターリンポルポトと同じである。

 

保守主義は、もちろんリベラルではないが、ファシズムでもない

「個人」「家族」「国家」の3つの内、

「家族」を優先するのが保守である。

「国家」を優先するのはファシズムであって、保守ではない。

そして、国家より家族より、「個人」を優先するのが、リベラルとなる。

 

保守思想に従って、子供を家族で育てることは、子供たちの間に、個々の才能では埋めきれない格差や差別を認めることにつながる。

東大に合格する子供の親の平均所得は、大学へ行けない子供の親のの平均所得をはるかに上回る。

親が金持ちなら、子供は良い教育を受けて、良い就職をして、良い暮らしをする。

親が貧乏なら、子供は教育を受けられず、良い就職もできす、貧困が続く。

 

それはダメだろう!すべての子供は平等なチャンスを持つべきだ。

家族という単位で考えるな。子供を「個人」として扱え。

となれば、親の貧富や賢愚が影響しないように、親の影響力を排除するしかない。

つまり親権を制限しないと、子供は平等にならない。

よって、家族優先の保守思想は止めて、代わりに家族以外の「公的な存在」が子供の面倒を見るべきだ。その家族ではない公的な存在とは「社会」である。

 

子供は「家族」が育てる・・・これが右翼・保守主義(の理想)だ。 
子供は「社会」で育てる・・・これ左翼・リベラル・社会主義(の理想)だ。

 

保守が応援する「家族」という組織は、それ自体に意思も組織もあるから、子供を育てられる。

まあ、ゆえに子供を殴ることも、殺すこともできるから問題なんだが(笑)。 

 

しかし、左翼が応援する「社会」という組織は、それ自体の意思も組織もアイマイで、現実問題として子供を任せられない。

よって「社会」の代替機能として「政府」が出てくることになる。

しかし「政府」と「国家」は切り分けが難しい。常に混同される。

 

「子供は社会で育てる」という左翼の理想は

「子供は政府=国家が育てる」というファシズムの現実に変わってしまうのだ。

左翼が、そのアナキズム的理想とは正反対に、大きな政府になってしまうのは、

社会主義の現実が、敵対するはずの国家主義ファシズムに接近してしまうのは、

こういう理屈である。

 

子供の教育も家族が行う。それが保守主義である。

子供の教育を政府に任せる、明治維新以降の義務教育制度も、実は保守ではなく、国家主義という看板を掲げた一種の左翼思想なのだ。

義務教育は、どこからどう解釈しても、「子供は家族が育てる」ものではなく、「子供は社会で育てる」発想だからだ。

学校は、本質的に、左翼なのだ。だから日教組と相性が良いのである(笑)。

そして、監獄や兵舎そして病院も、学校の仲間だ。どれも、その雰囲気、そのシステムが、ソ連共産主義体制そっくりである。

左翼としての国家主義、管理制度は、ファシズムに限りなく接近する。

 

本当の保守派ならば、義務教育制度にも疑問を持たねばならない。

「いやいや近代国家である限り、義務教育は廃止できない」という反論が出てきそうだが、そんなことはない。 

アメリカ中西部に住んでいるキリスト教原理主義者の皆さんは、ダーウィン進化論の妥当性や同性愛の権利を教える、アメリカ連邦政府の義務教育方針を拒否して、学校に行かせず、自宅で子供たちに聖書を読ませて教育しているのだ。まあ、それがいったい何の教育になるのか?少々疑問だが。

アメリカの保守派こそ言行一致、首尾一貫したホンモノのキチガ、じゃないや、真正保守である。

 

政府のイヌ・社会主義思想に立脚する児童相談所が、神聖な家族から、子供を奪う。

そうしないと子供が馬鹿親に殺されてしまう。

子供にも人権があるから子供殺しは容認できない。

家族こそ保守の基盤だ。しかし親がバカだった場合、保守に解決策はあるか?

という状況こそが、二重三重に、保守思想の敗北なのである。

 

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