在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

トリレンマ映画「パレードへようこそ」(2014年)その2~EU≒TPP 対 #Brexit 連合(共産党+トランプ)

日本共産党は、TPPに賛成だったか? いいや、反対だった。

日本のネトウヨは、TPPに賛成だったか? いいや、最初(※)は反対だった。

 

※:ネトウヨの皆さんも、最初は「TPPで農業と健康保険をアメリカに売り渡すつもりか? TPP賛成派は売国奴!」と威勢が良かったんだが、安倍ちゃんがTPPに賛成した途端、手の平がクルリと反転して「オレは最初から賛成していたんだ」「TPPには反対だが、安倍首相のやるTPPは賛成!」という、なかなかに呑み込みが難しいアクロバティックな論法で腰砕けになった。

ネトウヨさんは、日本の農業や健康保険よりも、安倍ちゃんの方が大事らしい。

 

そして、どう解釈しても、左翼ではないトランプさんがTPPを破棄した。

 

TPP反対派が主張していた、アメリカによる経済的な日本侵略の陰謀は、いったいどこへ消えたのか?、主張していたご本人が、数年前の自分の主張をすでにお忘れのようだ。

とりあえず、トランプさんは、アメリカ大企業の日本侵略を邪魔したことになる。

日本共産党と意見が一致したトランプさんは共産主義者なのだろうか?

 

トリレンマ映画「パレードへようこそ」(2014年)その1~ #LGBT 対 鉄の女 対 白人労働者 #Brexit - 在日琉球人の王政復古日記

 

の続き。

 

鉄の女・マーガレット・サッチャーは、良いも、悪いも、イギリスと世界を変えた偉大な(すぎた)政治家である。

アメリカの共和党レーガンとイギリスの保守党サッチャーがタッグを組んで、欧米のリベラル社会民主主義政治を終わらせ、軍拡競争に付いて行けなくなったソ連は崩壊し、米英は冷戦に勝利する。

1914年の第一次世界大戦勃発から、1991年のソ連崩壊までが、政治的な意味での「20世紀」である。20世紀は若干短い世紀であった。

 

その後、世界は米英主導で、

軍事的にはネオコン(アメリカ軍による世界管理、後進国の強制的民主化)と、

経済的にはネオリベ(金融ビッグバン、国境を越えた世界自由市場化)の

時代となる。

 

しかし、そのイケイケドンドンが、イスラム原理主義を覚醒させ、911テロを引き起こし、イラク戦争に、イスラム国ISISに行きつく。

共和党がさんざん集票の道具にしてきたキリスト教原理主義や草の根ティーパーティーが、共和党のコントロールを外れて暴走を始める。サラ・ペイリンみたいな不合理な政治家が跋扈するようになる。

ネオコンは、イスラム原理主義との戦いで疲れ果てて、機能不全となり、、

ネオリベは、世界の工場・支那大陸を生み出し、経済格差に怒る先進国のポピュリズムが反旗を翻し、世界経済をズタズタにしそうなトランプ大統領に敗北しようとしている。

 

その時代その時代で天下を取った歴史観は、そのイケイケドンドンの過程で、後になって自分たちを食い殺す、異常で奇形化した「親殺しの鬼っ子」を産み出す。

共産主義だって、19世紀までのすさまじい貧困を無視した帝国主義から生まれた。

ネオコンネオリベも、ナチスソ連強制収容所体制の打倒から生まれた。

イスラム原理主義も、EU離脱も、トランプ大統領も、レーガンサッチャーネオコンネオリベ体制の産み落とした鬼っ子なのだ。

支那帝国の復興、EU離脱、イスラム原理主義、トランプ大統領、この時代の子宮から出てくる次世代の鬼っ子も、優しい性格は期待できそうにない。

 

さて、そもそも、サッチャーって、保守・右翼なのか?、リベラル・左翼なのか?

サッチャーを評価する人も、サッチャーを批判する人も「おいおい、正気か?、なにを今さら、そんな根本的なことを?、馬鹿なのか(笑)」と失笑かもしれない。

サッチャー派も、アンチ・サッチャー派も、サッチャー保守・右翼だと断定するだろう。リベラル・左翼なわけがない。

 

そして、EU離脱を主導した(またはやらかした)イギリスの政治家、保守党のボリス・ジョンソンも、デビット・キャメロンも、英国独立党のナイジェル・ファラージも、全員、自称・他称を問わず保守政治家であり、全員が全員、自分を偉大な先輩・サッチャーの愛弟子だと思っている。

 

しかし、じゃあ、サッチャーが生きていたら、EU離脱に賛成しただろうか?

サッチャーは、フォークランド戦争を戦い、英国通貨ポンドを守った国家主義者であり、EUの大陸ヨーロッパ諸国に警戒感を隠さなかった。

しかし、彼女がEUとの経済関係を拒否したこともなかった。

軍事や外交は国家主義的だったが、経済政策は閉鎖的ではなかった。

彼女は「ウィンブルドン現象」を引き起こした金融ビッグバンの親玉だ。

 

野村證券 | ウィンブルドン現象(証券用語解説集)

外資系企業に国内市場を占有されながらも市場活性化が進むこと。表面的なニュアンスは日本のことわざの「庇(ひさし)を貸して母屋(おもや)を取られる」に近いが、実質的に経済上の利益につながることを意味する。
テニスの4大国際大会の一つ「ウィンブルドン選手権全英オープン)」が毎年6月に英国のウィンブルドンで開催され、国際的なスポーツイベントとしての地位を確立したものの、優勝まで勝ち残る強豪選手が地元の英国人にほとんどいないことをなぞって付けられた言葉。1980年代のサッチャー政権時の金融ビッグバンによる金融規制緩和は米国などの海外勢が地元の金融機関を買収し、金融市場を席巻する結果を招いたが、その一方で英国の金融市場は国際的な競争力を持つメッカとして発展を遂げた。

 

彼女の金融ビッグバンで、大英帝国全盛期を支えたイギリスの老舗銀行はドンドン外国資本に買収された。 

日本で言うなら、三井住友銀行が韓国企業に買収されて「独島サムソン銀行」になり、東京三菱UFJ銀行が中国共産党に買収されて「上海パンダ銀行」に看板が変わったようなもんだ(笑)。

彼女は外国資本によるイギリス買収をオープンにした。ロンドンの金融街は外国人だらけになった。優秀なドイツ人やインド人や香港人のビジネスマンがシティを闊歩した。当然、他の分野も、単純労働も、アジアやアフリカの旧植民地から有色人種の移民が急増した。ロンドンがニューヨークのように雑多な多民族社会になったのはサッチャー時代からだ。

そして、映画にあるように、採算割れの炭鉱はどんどん閉鎖し、イギリス白人の仕事を奪っていった。

自由貿易協定TPPによって、外国資本を開放し、国民健康保険を破壊し、安くて危険なアメリカ農産物の洪水で、日本の農業、美しい日本の田園風景、天皇陛下新嘗祭を壊滅しようとしている安倍政権と同じだ(笑)。

これが、保守のやることか?右翼のやることか?愛国者のやることか?

 

サッチャーは、確かに上半身(外交・軍事)は、身だしなみの良いレディ(保守的・愛国的)だった。イケメン(外国)の無礼なキスは「いけませんわ」と拒否した。

しかし、下半身(経済)はすっぽんぽんのヤリマンで、パンティを履くヒマがないくらい、イケメン(外国資本)とハメハメのズブズブだったのだ(下品な表現ですいません)。

 

つまり、サッチャーの経済政策は、EUの理念と方向性は同じだし、安倍ちゃんのTPPとも同じなのだ。グローバリズムである。

もちろん理由はある。当時のイギリスは「英国病」と呼ばれる構造不況のドン底であり、思い切った改革をしなかったら、先進国から脱落しかねなかったからだ。

彼女は、小泉さんや安倍ちゃんがビビッてできなかった、小泉改革アベノミクス第3の矢を、本気で強行して、やり遂げたのである。

 

サッチャーが生きていたら、「移民の制限より、資本と貿易の自由化だ。イギリス経済を潰す気か、馬鹿!」と、自称愛弟子のジョンソンやキャメロンやファラージを怒鳴りつけただろう。

 

彼女を、「日本会議」的な保守主義者だと思ったら、大間違いである。

下記は、中途半端な左翼よりも過激であり、恐るべき発言である。

 

Margaret Thatcher: a life in quotes | Politics | The Guardian

"They are casting their problems at society. And, you know, there's no such thing as society. There are individual men and women and there are families. And no government can do anything except through people, and people must look after themselves first. It is our duty to look after ourselves and then, also, to look after our neighbours." – in an interview in Women's Own in 1987

…彼ら(=政府に文句を言う人たち)は、自分たちの問題を社会のせいにするのです、 誰が社会なのでしょうか? そんなものは存在しないのです!」 と言い、「個々の男たちと女たちがおり、家族がいます、そして人々を通してしか政府はなにも為しえないのです、人々はまず自分たち自身を省みなければなり ません(people look to themselves first)」を含む次のような言葉が続きます。

 

なんと、サッチャーは「社会の存在」を否定している。

彼女には「個々の男女」と「家族」と「政府」しかない。

まあ、何でもかんでも政府の責任にして、公共福祉を要求する社会主義者への反発から、勢い余って、社会主義の基礎である「社会」を全面否定した「言い過ぎ」だったのかもしれないが(笑)、彼女の発言は保守思想からするとかなりの異端である。保守思想は「社会」を認めるのが当たり前だからだ。

 

「個人」はある。「国家=政府」もある。そして、「個人」と「国家」の間には、「家族」を含む「中間組織」が必ず存在する。

その中間組織とは、もちろん家族であり、宗族、部族でり、宗教団体・教会であり、職能集団・企業であり、自由都市であり貴族領地であり、地域社会・地方自治体であり、議会・政党であり、民族集団・異文化集団であり、それらが複数に重層的に重なり合った生存領域、それを「社会」と呼ぶ。

そういう中間組織が分厚い国こそ、「豊かな社会」なのだ。

間組織が、個人の自由を国家の直接管理から守り、その場の気分にすぎないポピュリズム的な大衆の暴走から国家と歴史や伝統を守るのである。

間組織がスカスカだったり潰されたりした国が、ナチスドイツやソ連や大陸支那北朝鮮なのだ。

国家と1個の政党(共産党ナチス)と、国民・個人の、2種類しか存在しない。個人が丸裸で孤立し、国家に直接支配されるしかない世界だ。

 

サッチャー女史の頭脳の中には「社会」が存在しない。

つまり、イングランド人社会スコットランド人社会アイルランド人社会ウェールズ人社会、アフリカ系移民社会、アジア系移民社会イスラム系移民社会も、ロンドン市民社会も、存在しない。そういう存在を許さない。

だから、逆に言えば、特定集団の特権もない。民族差別や人種差別もない、「個人」が自由な国家である。

しかし、「個人」を守る者は「個人」の才能のみである。自由意志、自己責任、自助努力、自業自得、誰も助けてくれなし、「政府」は社会福祉を削減する。

だから、彼女は、炭鉱夫という「弱者」を切り捨てたが、外国人という「余所者」を排除したりはしてない。

彼女は、肌の色ではなく、経済的能力で、人間を差別したのである。

 

サッチャーは、保守というより、ネオリベなのである。

 

トリレンマ映画「パレードへようこそ」(2014年)その3~リベラル左翼 対 ネオリベ 対 ナショナリスト右翼 #Brexit - 在日琉球人の王政復古日記

続く。