在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

映画「夜の大捜査線 In the Heat of the Night 」(1967)~主人公は「半世紀前のオバマ」でなく南部白人警察署長。

恥ずかしながら、オープニングだけで、号泣できる(笑)。

 


Ray Charles - In the Heat of the Night

 

BSで放映するようだ。オススメする。

 

シネマLINE UP|BSジャパン

2016/11/23(水)  20:05-**:** 夜の大捜査線 (67米)

 

本数はたいして見てないが、普通に映画は好きである。99%娯楽映画ね。

芸術映画、恋愛映画はからっきしダメ。

 

好きな映画はたくさんある。

世間でも評価の高い作品もあれば、無名の作品、そして評価イマイチな作品。

 

思いつくままに(ヌケてるの多数)、、、「ジャッキー・ブラウン」、「薔薇の名前」、田宮二郎「犬」シリーズ、「必殺4恨みはらします」、「マッドマックス怒りのデスロード」、小林旭「渡り鳥」シリーズ、「汚れなき悪戯」、江波杏子「女賭博師」シリーズ、健さん「昭和残侠伝」シリーズ、「夢見るように眠りたい」、「仁義なき戦い」サーガ、「時をかける少女」(1983年版)、「殺人の追憶」、勝新「悪名」シリーズ、藤純子「緋牡丹博徒」シリーズ、「母なる証明」、梶芽衣子「女囚さそり」シリーズ、梶芽衣子修羅雪姫シリーズ、「ブレードランナー」、「岸和田少年愚連隊」、「パンズ・ラビリンス」、「パッチギ!」(1作目のみ)、市川雷蔵眠狂四郎」シリーズ、「第七の封印」、「ギャング・オブ・ニューヨーク」、文太「トラック野郎」シリーズ、「悪魔の手毬唄」(1977年版)、「ウォリアーズ」、片岡千恵蔵多羅尾伴内」シリーズ、「十二人の怒れる男」、「KILLBILL」、「アレクサンドリア」、、、まだまだある。数え切れない。

まあ、世間一般とはかなりズレる傾向がある(笑)。

 

中でも、マイ・オール・タイム・ベストは?と問われれば、これだ。

 

夜の大捜査線 [DVD]
 

 

いくら私だって、これより優れた映画はたくさんあることは知っている。 

しかし私にとって、これ以上の映画は、今のところ、無い。

 

「夜の大捜査線」は何度も観ているが、ある時期から、この映画の見方がガラリと変わった。そして、見方が変わったからこそ、マイ・オール・タイム・ベストになったとも言える。

 

この映画は、黒人俳優シドニー・ポワチエが主演で、白人俳優ロッド・スタイガーがワキである。オープニングのテロップもトップはポワチエであり、製作者の意図も脚本もポワチエ主演である。

しかしアカデミー賞では、白人俳優ロッド・スタイガーが【主演男優賞】を受賞する。1967年当時のアカデミー賞は、黒人俳優を主演とは認めなかったのだ。 

この映画の内容以上に、アカデミー賞自体が、当時の黒人公民権運動真っ盛りのアメリカ社会を映し出している。 

さらには、少し前の時代のマッカーシー旋風、いわゆる「赤狩り」の爪跡も、この映画には色濃く残っている。 「赤狩り」から「公民権運動」、つまり第2次世界大戦勝利後からベトナム敗戦前のアメリカを切り取った映画だ。ベトナム後のアメリカンニューシネマ前夜である。

 

私も、最初は、主演の都会派黒人刑事シドニー・ポワチエに感情移入して観ていた。
しかし、何回か見ているうちに、徐々に、助演の白人田舎警察署長ロッド・スタイガーから目を離せなくなっていった。

ポワチエより、スタイガーの方が、人物造詣に深みがあるのだ。

 

差別に感情的にならず、クールで、理性的で、知識も豊富、捜査のプロ、さらにはスタイリッシュなスーツの似合う美男子で、財布の中には札束がうなってるリッチな、ある意味スーパーマンである、正に「半世紀前に現れたバラク・オバマ」であるポワチエよりも、

行き場の無い田舎町で、自分の才能の限界を知りながらも、町の上役も、警察の部下も、自分以下の粗暴な連中なため、誰に頼ることもできず、気が付けば、人生をやり直すには遅すぎ、後戻りできない年齢になってしまい、妻も子も家族も友人もいない、町外れの寂しい一軒家に、夜の話し相手が酒(おそらくバーボン)だけになってしまった、おそらく死ぬまでこのまんまの、負け犬・スタイガーの方が、はるかに男前でカッコ良いことに気が付いた。

いや、気が付く年齢になってしまったというべきか(笑)。

 

映画が進行して、捜査を通じて、黒人のポワチエと白人のスタイガーとの間に、60年代の南部の田舎町ではありえない、友情めいたものが芽生える。
クライマックスの前、スタイガーのボロ家で、ポワチエとスタイガーが酒を呑みながら話すシーン。なんと、このシーンのセリフは2人のアドリブだったらしい! 

こここそ、この映画の最高のシーンだと思ってる。何度見ても男泣きである。

 

スタイガー「オマエはエリートだな・・・この辺にはいない人間だ」
ポワチエ「過大評価だ」
スタイガー「オマエは頭が良い・・・不眠症に詳しいか?」
ポワチエ「・・・酒で不眠症は治らないよ」
スタイガー「確かに(苦笑)・・・オレには妻も子もいない。あるのは、壊れかけのエアコンと壊れた机と、この家だけだ・・・でも、ここに訪ねてくるヤツは誰もいない・・・呑まずにいられると思うか?」

ポワチエ「・・・」
スタイガー「結婚は?」

ポワチエ「してない」
スタイガー「1回もか?」
ポワチエ「してない」
スタイガー「する気はないのか?」
ポワチエ「・・・あった」 

スタイガー「・・・寂しくないのか?」
ポワチエ「アンタほどじゃない」
スタイガー「・・・おい。ふざけんな!黒ンボ(怒)。哀れみか?ナニサマのつもりだ?」
ポワチエ(表情が一変)「・・・」   

 

これは人種差別ではない。
スタイガーが怒ったのは、頭の良いはずのポワチエが、つい友情に気を許して、踏み込んではいけないスタイガーの人生の領域に土足で踏み込んだ「無礼」のせいである。

 

このシーンに気付いた瞬間から、差別に負けないスーパー刑事ポワチエの活躍を楽しむ映画から、孤独な南部白人スタイガーの人生を味わう映画に変わった。

「いかん、こりゃ一生モノだ」と思った。

 

ラストシーン。2人は会話を交わし、笑みを浮かべて握手する。

ポワチエは列車に乗り大都会へ戻る。スタイガーは後ろを振り返らない。

ポワチエには、大都会で派手な殺人事件の捜査に奮闘する、冒険と変化とドラマに満ちた充実した日々が待っている。

スタイガーには、マヌケな部下と町の有力者たちの間を立ち回る凡庸な雑務と、酒しかない孤独な蒸し暑い夜、その繰り返ししかない。

 

おそらく、2人は電話も手紙も交わさない。生涯二度と会うことはないだろう。

 

それから半世紀後、ポワチエそっくりの理知的な黒人がアメリカ大統領になり、

その後に、半世紀前へ先祖返りしたような白人たちがホワイトハウスに入る。

 

「主演」はポワチエかもしれない。しかし「主人公」はスタイガーだ。

「夜の大捜査線」は、ロッド・スタイガーの映画である。

それが、私のオールタイムベスト「夜の大捜査線」だ。