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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

偶像破壊の一神教VS偶像崇拝の漢字(その4)~漢字VSキリスト教~大乗仏教VSアレキサンダー大王。

ここに、奇妙な類似がある。

 

今や世界は、ヘブライズムの宗教・アブラハムの宗教・一神教の天下である。

ヨーロッパやアメリカ新大陸ではキリスト教が優勢。

中東や北アフリカではイスラムが優勢。

しかし世界中で広まったキリスト教イスラムがどうしても浸透しなかった巨大地域がある。それが東アジアだ。

そしてキリスト教イスラムを拒否した東アジアと漢字文化圏はほぼ重なる。

 

じゃあ、東アジア=漢字文化圏の人間がナニを信じたか?というと、仏教、正確には大乗仏教である。

逆に大乗仏教の範囲も東アジア=漢字文化圏にほぼ重なる。

 

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の続き。

 

世界を大きく2つに分けるなら「支那文明圏」と「それ以外の文明圏」である。 

日本も琉球も当然支那文明圏」に入る。日本文明なんてもんはない。

 

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東アジア以外の、ヨーロッパも、中東も、インドも、アングロアメリカも、ラテンアメリカも、アフリカも、少々乱暴だが「支那文明ではない地域」と呼びうる。

言い方を変えれば「シナ・チベット語族が主役の地域」と「インド・ヨーロッパ語族が主役の地域」である。 

さらに言えば「漢字文化圏」と「アルファベット文化圏」である。

 

象徴的な意味では「アレキサンダー大王の矛先が届かなかった地域」と「アレキサンダー大王が征服した地域」と表現することもできる。 

アレキサンダー大王が征服した地域は、東の文化と西の文化が混交し、諸民族が混交し、ヘレニズム文明と呼ばれた。
ほとんど例外なく、情報通信手段として「無色透明」が特徴のアルファベットが採用された。
そのアルファベットに載せて流通させた最大の情報が、ヘブライズムの一神教ユダヤ、キリスト、イスラム)であった。

つまりは、漢字文化圏一神教が採用されなかった地域」であり、アルファベット文化圏は「一神教を採用した地域」とも呼べる。

 

対して、漢字文化圏は、数千年前の古代文字が、そこに内包する固有の意味をそのまま、今現在に生きる人間にも理解できる、という驚くべき持続性を持っている。
アルファベットの「A」に該当する文字が、本来持っていた固有の意味など、今現在の使用者は誰も気にしない。
しかし、漢字の「亜」は、本来持っていた固有の意味がそのまま残っている。今現在の使用者は固有の意味を理解して使用する。

現在の英語会話者は、シェイクスピアとは何とか筆談できるかもしれないが、それ以前の中英語・古英語時代のイングランド人とは筆談も難しい。英語を使ってないナザレのイエスソクラテスプラトンとは全く不可能だ。

しかし、平成の日本人は、言葉もまるで違う古代支那諸葛孔明始皇帝孔子と、漢字で筆談がある程度できるのだ。首は首だし、道は道だ。形状も意味もほぼ同じである。「学習」や「敬遠」のような熟語も孔子の時代からほとんど変わらない。

 

アレキサンダー大王のアルファベット文化圏は、良い意味でも、悪い意味でも、変化と激動の一神教文明である。

漢字文化圏は、良い意味でも、悪い意味でも、大昔から本質が変化していない安定と停滞の文明圏ということになる。

 

そもそも、漢字には、アルファベットに比較して、非常な弱点がある。

外来文化の受け入れが、翻訳が、解釈が、困難なことだ。

 

それまでその文化圏に無かった文物がやって来た時、アルファベットならば、とりあえず音写すればいい。意訳は後からでもできる。

しかし漢字は、意訳は得意だが、音写・当て字が苦手なのだ。たとえば外国人の名前を漢字で音写すると、まるで万葉集みたいになってしまう。

例えば、ドナルド・トランプは「唐纳德・特朗普」となる。世界中でこれだけ外来語が書き難い、めんどくさい、ややこしい文字もないだろう。

 

もしも、楔形文字、ヒエログラフ、アステカ文字、マヤ文字が今でも生き残っていたら、漢字と同じような困難があるだろう。彼らもドナルド・トランプを音写するのが不得意なはずだ。

逆に、この不便さゆえに、異文化交流の困難さゆえに、これらの古代象形文字は滅んでいったともいえる。

 

漢字は、自分たちの世界に存在しなかった新しい外来のモノを受け入れて吸収するのが非常に下手くそである。

なんで、そんな使い勝手の悪い文字が生き残ってこれたのか?

といえば、支那文明圏には、是が非でも自分のモノにしたい新しい外来のモノが、19世紀の西欧近代文明の来襲まで、ほとんど無かったからだ。自分たちの東西南北に欲しい外来のモノが無いんだから、翻訳技術も発達しなかったわけだ。

よって漢字が漢字のまんまのこったのだ。

 

それは侵略者すら同じだ。

ヨーロッパ、地中海、オリエント、中東の各地にはアレキサンダー大王以降も新たな征服者・侵略者が現れた。彼らの暴力が各地の文化を混交し変形させ、支配された地域は今までと異なる文化が移植される。言葉も宗教も変わるのだ。

支那文明圏だって外部から侵略者はやってくる。

中央アジア騎馬民族トルコ人、モンゴル人、満州人が支那文明圏を制圧・支配する。

しかし支那文明圏が、根底からトルコ文化、モンゴル文化、満州文化に変形することはなかった。

逆に、征服者のはずのトルコ人、モンゴル人、満州人の皇帝たちが支那文明に伝染して漢字を使い出し、漢字名を名乗りだすのである。

騎馬民族に征服された支那人が、漢字を捨てて、自分の名前をアルファベットで書く必要性はほとんどなかった。

 

そして、漢字文化圏から「自前のアレキサンダー」が登場して、漢字文化圏の外部へ征服に乗り出すこともほとんどなかった。

例外は明代の鄭和くらいだろう。彼の遠征も侵略というより外交と交易が主目的で永続支配を狙ったものではない。しかも鄭和自身はイスラム部族出身であり、支那文明圏のアウトサイダーなのである。

 

西欧近代文明襲来以前、つい最近の200年前まで、漢字文化圏は地域の一人勝ち状態で、外部に無関心で暮らしてこられた。

それほどまでに、外部に関心の無かった支那文明圏の唯一の例外が、仏教であった。正確には北伝仏教大乗仏教である。他の文化は軽視・無視してきた漢字文化圏も、大乗仏教にだけは魅了された。

 

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そして構造上、外部文化の翻訳が苦手な漢字をかなり無理やり駆使して経典を漢訳したのである。

そして、漢字化した大乗仏教漢字文化圏全体に広がった。逆に言えば、大乗仏教が漢字化しなかったら、広まることも不可能だった。もっというのなら、大乗仏教は漢字化される過程で、漢字に染み付いた老荘思想儒教に汚染して、インドの釈迦が始めたオリジナル仏教から教義内容がどんどん離れていったともいえる。乱暴に言えば、大乗仏教は「仏教テイストの漢字宗教」といってもいいのかもしれない。

 

アレキサンダー大王が越えられなかったヒマラヤ山脈を、仏教は漢字と野合することで突破できた。支那文明圏への真の意味での侵略に成功した唯一の存在なのだ。

 

偶像破壊の一神教VS偶像崇拝の漢字(その5)~漢字VSハングル~基督教 기독교 改新教 개신교 天主教 천주교 - 在日琉球人の王政復古日記

に続く。