Who is John Galt? ジョン・ゴールトって誰?
これが、アメリカのリバタリアン思想の一大派閥、アイン・ランド信奉者の合言葉である。
小説「肩をすくめるアトラス」の主人公・ジョン・ゴールトは、アイン・ランド思想の受肉化である。理想のヒーローだ。
ネットで Who is John Galt? とググれば、主にアメリカのサイトがたくさんヒットする。彼らがアイン・ランド信奉者だ。
トランプVSトヨタ~トランプ支持の自称 #リバタリアン はインチキである~ #アイン・ランド はレーニン共産主義の私生児(その1) - 在日琉球人の王政復古日記
の続き。
しかし、世の中には、彼ら彼女らアイン・ランド信奉者やリバタリアンの敵である、「リベラル」とか「左翼」とか呼ばれる思想がある。
SEALDSの皆さんは、民主主義ってなんだ?、と路上で歌う。
バーニー・サンダースは教育費の無償化を主張した。
世界で一番貧しい大統領、ウルグアイのムヒカさんは畑仕事が日課だ。
カストロとチェ・ゲバラはアメリカ資本主義に反乱してキューバを解放した。
打ち上げ花火が大好きな金さん一家三代目正恩くんも自称社会主義者である。
13億人の自由を縛る、支那の習近平さんは世界最大の独裁者だ。
カンボジアのポルポトは、貧富の差を解消するため、国民を餓死に追い込んだ。
アナキストは、巨大企業も、共産党も、どっちも悪だから、ぶっ潰せ!と叫ぶ。
彼ら彼女らは、全部、自称他称を問わず、政治的に「左」とされている。
しかし、同じ「左」に分類されていても、各人によって、これだけ、考えてること、やってること(というか、何をどこまでやるのか?、という限度)が、バラバラで、幅が広い。
これと同じく、リバタリアンを名乗っている人々にも、
司法・裁判所、治安・警察、国防・軍隊あたりは、政府の仕事として認める「夜警国家」論者から、
裁判所も警察も軍隊も民営化しろ、というアナルコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)まで、
かなりの「幅」がある。
アイン・ランドご本人は「私はリバタリアンじゃない」と否定したそうだが、客観的に見て、彼女の思想は確かにリバタリアンの範疇であろう。
しかしだ、リバタリアンはリバタリアンだが、彼女には、リバタリアンをはみ出す「過剰」がある。
アイン・ランド信奉者から怒られるかもしれないが、思い切って言おう(笑)。
左翼業界における、ウラジミール・イリイチ・レーニンと【同じ】だと思っている。
本名:アリーサ・ジノヴィエヴナ・ローゼンバウム。
出生:帝政ロシア・サンクトペテルブルク、1905年2月2日生れ。
名前から判る通り、ユダヤ系ロシア人だ。レーニンの国で生まれた女性なのだ。
レーニンの共産主義革命を逃れてアメリカへ亡命した、アイン・ランドの主張を読んでも、ニューヨークはイメージできない。
彼女の主張には、思想を狂気の極限まで昇華させた「天才」たち、キリスト教異端の鞭身派、去勢派、ナロードニキ、社会革命党、メンシェヴィキ、そしてレーニンのボリシェヴィキを生んだ、ロシアの大地が思い出される。
あふれ出す、隠しきれない「世界に対する憎悪」、その点において、アイン・ランドは、敵であるはずのレーニンが産み落とした「私生児」である。
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小説「水源」の主人公・建築家のハワード・ロークは、自分のデザインを勝手に変更されたという理由で、公営住宅を爆破する。
当然、彼は逮捕されるが、裁判で彼はリバタリアン思想=アイン・ランド思想を大演説して、陪審員を感動させて、無罪を勝ち取る。
ミュンヘン一揆に失敗して、逮捕されたものの、裁判で大衆を魅了する名演説をぶち上げで、減刑を勝ち取り、人気者に成り上がったヒトラーと、どこが違うのかサッパリ判らない(笑)。
アイン・ランドによれば、その思想が正しければ、建築物爆破というテロ行為は許されるのである。レーニンの革命思想と同じだ。
というより、他人の所有物を破壊した時点で、私的所有権を尊重するリバタリアンとしては失格だと思うのだが。
小説「肩をすくめるアトラス」では、
アイン・ランド思想に賛同する主人公たちはみんな有能であり、
賛同しない敵はみんな無能である。
有能な人間が正しく思考すれば、アイン・ランド主義者になるのが当然だ。
逆に言えば、アイン・ランド主義者でない人間は、それだけで無能と判断できる。
これもレーニンとまったく同じである。
有能な人間が正しく思考すれば、ボリシェヴィキ支持者になるのが当然だ。
逆に言えば、ボリシェヴィキ支持者でない人間は、それだけで無能と判断できる。
小説において、アイン・ランド主義者でない人間は無能なので、彼らだけで集まっても、産業も社会も維持できない。大停電を引き起こし、社会は破滅する。
しかし、われわれの生きている現実社会は、そんな事態になっていない。
リバタリアンではない、ナショナリストのエンジニアや、リベラル左翼の工事業者が、普通に、社会のインフラを維持しているのである。
政府官僚やリベラル政治家は、みんな無能、なんてのも、アイン・ランドの願望というか妄想だ。
現実世界の先進国の官僚は、その国の一流大学の出身者である。日本の財務省のほとんどは東大法学部で、知性・教養だけなら日本最強だ。
どっから見てもリバタリアンではないけれど、オバマはハーバード出身である。
頭脳は優秀だけど、信仰への思い断ち難く、貧者や困窮者への慈悲慈愛止み難く、ビジネス界での成功を捨てて、神父や牧師になる人だってたくさんいる。
軍人もそうだ。ウエストポイントやアナポリスはバカでは入学できない。彼らのほとんどがナショナリストであり、国家主義者であり、リバタリアンではないだろう。そして、卒業生の知的水準は、在野のアイン・ランド信奉者よりも上だろう。軍人の才能は軍事という非生産部門で無駄に浪費される。しかし彼らはそれで良しとするのだ。
現実世界には、アイン・ランドを信奉しない、ナショナリストやリベラルの、でも有能な人間がたくさんいて、社会を動かしているのである。
有能な人間が正しく思考すれば、ボリシェヴィキ支持者になるのが当然だ。
逆に言えば、ボリシェヴィキ支持者でない人間は、それだけで無能と判断できる。
レーニンは反対者=無能の生存を許さない。
自分に賛同しない人間は、王党派も、ブルジョアも、自由主義者も、社会革命党も、メンシェビキも、凍土の収容所で皆殺しであった。
有能な人間が正しく思考すれば、アイン・ランド主義者になるのが当然だ。
逆に言えば、アイン・ランド主義者でない人間は、それだけで無能と判断できる。
アイン・ランドも反対者=無能の生存を許さない。
小説の中で、強制収容所は作らなかったが、自分に賛同しない人間は自動的に不可避に破滅することになっている。小説だから、自分の思い通りである(笑)。
無能な連中は排除せよ。有能なアイン・ランド主義者が世界全体を領導しなければならない。反対者は無能であり、必ず破滅するはずだ!
有能なビジネスマンの自由と権利の要求だったはずが、いつの間にか有能なビジネスマンによる世界革命に話がすり替わっている。
全てを把握する一握りのビジネス天才が世界を支配しなればならない。レーニンの前衛党革命理論と瓜二つである。
小説中、アイン・ランド主義者は無能な旧社会に見切りをつけて、アメリカ内部に隠れた新天地を作り、理想の楽園で生活する。
社会を動かす有能なアイン・ランド主義者が消えた旧社会アメリカは、社会インフラも維持できずに衰退していく。
ここまではイイのだ。
アイン・ランド主義者グループと、旧社会グループで、別々に分かれて2つの異なる社会を作り、お互いに自由競争で優劣を付けよう。これならリバタリアン的である。
しかし、小説では、アイン・ランド主義者が、わざわざ衰退しはじめた旧社会に戻って、「お前たちは無能だ!」と思い知らせるために、わざわざ大停電というテロを敢行する。
これはもう自由競争ではない。競争相手への犯罪行為である。ナチスやソ連の侵略戦争と同じだ。
アイン・ランド女史個人は、自分の思想に従わない人間たちの自由選択を認めない。勝手に破滅しろと見殺しにはしない。わざわざ能動的に攻撃・妨害するのである。彼女には他者の思想信条の自由はない。
あ、誤解の無いように明記する。
なにも、リバタリアン全員が「レーニンの末裔」ということではない。
アイン・ランドのようにリバタリアン思想に染まらない反対者への憎悪を持たず、
「オレは勝手にやりたい。アンタたちにも口出ししない。たとえオレがダメになって、たとえアンタたちが上手くいっても、それはそれでいいんだ。お互いに自由じゃないか。別に恨み言は言わない。」
「成功したいんじゃない。成り上がりたいんじゃない。失敗でもいいんだ。自由になりたいだけなんだ。お互いに邪魔なんかせず、それぞれ信じた人生を歩もうじゃないか。」
みたいな、アンチ・リバタリアンの滅亡を望まない、寛容なリバタリアンだってたくさんいるのである。
それは、左翼といえば全部がマルクス・レーニン主義ではなく、西ヨーロッパ型社会民主主義や、アメリカ型リベラルの方が、多数派であるのと同じである。
アイン・ランドの世界は、理性万能である。恋愛すら理性である。
もしアイン・ランド主義者ならば、あなたと、あなたの配偶者または恋人の前に、あなたより優秀な人物が現れたら、あなたのパートナーは、アッサリあなたを捨てて、恋愛対象を優秀な人物に乗り換える。
なぜなら、より優秀な人間を選択する、それが人間の理性的判断だからだ。
そして、捨てられたあなたも、あなたを捨てた彼女の選択を喜んで承認する。二人を祝福する。なぜならあなたより相手の方が優秀だからだ。
なぜなら、より優秀な人間を選択する、それが人間の理性的判断だからだ。
アイン・ランドは、人間の恋愛を、より高給を求めるビジネスマンの転職活動、優秀な人材を狙う企業のヘッドハンティング、ウォール街の株価なんかの経済活動と同じだと思っている。
こんな理性的恋愛が可能なイキモノは、すでに人間の範囲を逸脱している(笑)。
共産主義的人間に私利私欲はないはずだ。すべてを革命の祭壇に捧げよ。
アイン・ランド恋愛相談は、レーニン共産主義世界とそっくりの「理性による監獄」である。
アイン・ランド曰く
「理性とは誰にでも備わっているものではない。理性を否定するものを、理性で抑えることは出来ないのだ。」
傑作ミステリ「ブラウン神父」シリーズの著者にして、正真正銘の保守思想家・ギルバート・ケイス・チェスタートン曰く
「狂人とは理性を失った人のことではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である。」
「孤立した傲慢な思考は白痴に終わる。」
アイン・ランド信奉者は叫ぶ。
Who is John Galt? ジョン・ゴールトって誰? 優秀な天才って誰?
もちろん「それは自分だ!」と言いたいのだ(笑)。
自分は天才だと思っている。他人は馬鹿だと思っている。
これも「自分たちこそ真の前衛だ!革命を成功させられるのはわれわれボリシェビキだけだ。メンシェビキやエスエルやアナキストは全部馬鹿だ」と思い込んでいたレーニンとそっくりである。
しかし、現実はそんなはずもなく、気位だけの「意識高い系」の連中が、「天才の自分が、現実には成功してない」その理由を、弱者に優しい世間が悪いんだ、社会福祉をやる政府が悪いんだ、と他人に対する憎悪に変換する。
しかし現実は、本当の天才なら、スティーブ・ジョブズのように、リベラル左翼だらけ、規制だらけのこの腐った世界でも立派に成功するのである。
共産主義思想が、ヨーロッパの報われないインテリたちを魅了したように、
アイン・ランドも、アメリカの報われないインテリたちを魅了した。
「オレたちは優秀なんだ。正しいんだ。その俺たちが日の目を見ないのは、成功しないのは、誰かが邪魔をしているせいだ。」
原始キリスト教から、共産主義革命まで、古今東西ありふれた、ルサンチマンだ。
ロシアの《悪霊》に憑依されたアイン・ランドは、反対者の成功を許さない。反対者の生存すら許さない。世界は自分の思想だけで統一しなければならない。
まるでヨハネ黙示録の如き、救い難い、狂気じみた「世界に対する憎悪」。
鬼畜外道の父親・レーニンを憎みながら、父親から憎悪の遺伝子をしっかり受け継ぐ娘・アイン・ランド。
正反対に見えながら、アイン・ランドは、レーニン直系の娘なのだ。
これを、ロシアの民族性だ、といえば民族差別になりそうな気もする(笑)。