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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

マヤ、アステカの「孔子」、インカの「論語」その2~象のサーカス、ゲーム「もふもふはむすたぁ」ハムスター。

マヤ、アステカの「孔子」、インカの「論語」その1~生贄、人肉食、だんじり、御柱祭。 - 在日琉球人の王政復古日記

の続き。

 

祭如在、祭神如神在、子曰、吾不與祭、如不祭。(論語・八佾第三-12) 

祭ること在るが如く、神を祭ること神在るが如く。子曰く、吾祭に与らざれば、祭らざるが如し。 

 

霊を祀る時は霊が実在するが如く振る舞う。神を祀る時は神が実在するが如く仕える。作法の則って実行しないと、祭礼を行ったことにはならない。

 

人間を殺す祭礼はちゃんと人間を殺さないと祭礼として成立しない。 

動物を殺す祭礼はちゃんと動物を殺さないと祭礼として成立しない。 

 

論語にある通り、支那だって、また他の旧大陸文明だって、マヤ・アステカと同じく、人間を生贄にすることは普通にあった。しかし徐々に動物で代行するようになり、最後は動物も使わなくなる。

それは、先に紹介した「麻冕」、祭礼で使用する冠の材質の変更、経済合理性の話と同じである。

 

アメリカ新大陸には、馬、牛、羊のような大型の哺乳類が少なかった。だから人間を使い続けるしかなかった。それが新大陸文明が旧大陸文明のように発展しなかった、致命傷、ボトルネックになっていた、みたいな話も、ここから出てくる。 

 

孔子は、論語は、ある文章では「省略してもイイ」と書き、しかし、同時に、別の文章では「ちゃんときっちりやれ!」とも主張している。

コストがかかろうが、実際にやるのか? それとも省略するのか?

キリスト教の聖書がそうであるように、孔子の中に、論語の中に、矛盾は存在する。

 

子謂仲弓曰、犂牛之子、騂且角、雖欲勿用、山川其舎諸。(論語・雍也第六-6) 
子、仲弓を謂いて曰く、犂牛の子、あかくしてかつ角あらば、用いること勿からんと欲すと雖も、山川其れをすてんや。

 

孔子が、貧民階級出身の弟子・仲弓を評した。

「たとえ(おまえが)雑種の牛だろうが、(おまえのように)赤い巨体と立派な角があれば、神前用に飼育されてなくても、大地の神々がお前を見捨てるわけがない」。

 

これは、不遇な弟子に、生まれが卑しくても、学問さえ積めば、立派に立身出世できる、と励ましている文である。

しかし、「神々が見捨てない」とは、

「政府上層部がお前の才能を採用するよ」という意味であると同時に、

「神々がお前を欲しがるよ」「お前は神の生贄になるのだ」つまり「神を喜ばせるために死ぬ役目が回ってくるのだ」という意味にもなる。

つまりはマヤの生贄と同じことである。

政治の本質を突く言葉であり、名誉と犠牲、プラスとマイナス、生贄の「両義性」も表現されてる。

 

古今東西、祭礼というのは、人間か動物かは別にして、犠牲が付きものなのだ。

別に過去の話ではない。

 

だんじりで事故相次ぐ 大阪・兵庫で計6人死傷:朝日新聞デジタル

2016年10月9日
 9日午前10時40分ごろ、大阪府忠岡町であった「だんじり祭」で、だんじりを引いていたガス設備業杉山彰治さん(40)=同町忠岡南2丁目=が歩道柵の支柱とだんじりにはさまれた。杉山さんは全身を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された。

 

御柱てっぺんから転落、男性が死亡 長野・御柱祭:朝日新聞デジタル

2016年5月5日
 5日午後4時半ごろ、6年(数えで7年)に1度の奇祭、御柱(おんばしら)祭が開かれている長野県・諏訪大社上社本宮(同県諏訪市)の境内で、高さ約15メートルの大木の最上部から氏子の自営業、日下部幸寛さん(41)=同市豊田=が転落した。日下部さんは市内の病院に搬送されたが、全身を強く打ち、約5時間半後に死亡した。県警が事故の状況を調べている。 

 

青森「弘前ねぷた」が中止 死亡事故が影響 : J-CASTニュース

2014/8/6
青森県弘前市伝統の「弘前ねぷた祭り」で2014年8月5日、死亡事故が発生した。これを受けて、弘前市などは6日、6日と7日の「ねぷた祭り」と、7日夜の「なぬかびおくり」の開催を中止すると発表した。有料観覧券の購入者については、払い戻しの対応をしている。
5日の事故は、ねぷたの台座部分にいた40代男性が、昇降機に頭を挟まれて発生。男性は救急隊に救助されたが、まもなく死亡が確認された。

 

asahi.com(朝日新聞社):「上げ馬神事」で馬の腹殴った疑い 住民ら5人書類送検 - 社会

2011年7月4日
 三重県の無形民俗文化財に指定されている多度大社(桑名市多度町)の2009年の「上げ馬神事」で、馬の腹を殴るなどしたとして、三重県警が動物愛護管理法違反の疑いで、桑名市内の住民ら5人を書類送検していたことが3日、明らかになった。
 県警桑名署などによると、書類送検されたのは、同市多度町内の7地区で神事を運営する団体「御厨(みくりや)」の5人。5人は09年5月5日、馬に坂を駆け上がらせる本番前、興奮させるため、馬の下腹部や尻を殴打したり、横腹を蹴ったりするなどした疑いがある。 

 

全文表示 | ワイドショーが「ネットで虐待批判」 鯉に酒飲ます神事の本当の評判 : J-CASTニュース

2017/1/11
コイにお酒を飲ませて厄払い放流する富山県砺波市の伝統行事について、テレビのワイドショーがネット上で批判も出ていると話題に取り上げた。出演者らは行事を中止にする必要はないと指摘したが、放送の影響も出ているようだ。
「だいぶやばくね」「虐待にしか見えない」「アルハラじゃねーか」。テレビ朝日系「モーニングショー」は、2017年1月10日の放送で、この行事「厄払い鯉の放流」にネット上で批判の声が上がっていると伝えた。
(略)
モーニングショーでは、ネット上の批判に対し、主催者の庄川峡観光協同組合側の言い分を伝えるとともに、お酒はエラから出ていくのでコイに大きな影響はないとする魚類専門家の話を紹介した。そして、データ放送で視聴者アンケートを行ったところ、この行事を「理解できる」が3万6000件余で82%を占め、「やめるべき」は8000件余で18%になった。
コメンテーターらからも「全然中止する必要はない」といった意見が出て、司会の羽鳥慎一さんは、「神事だから、感謝の気持ちを持って続けてもいいんじゃないか」とまとめていた。 

 

さすがに死人は出ないが、祭礼・儀式の最中に、近所迷惑な騒動が起こるのは、ハロウィンも、花魁ヤンキー成人式も、広島カープ優勝も、リオのカーニバルも、同じことだ。

 

「成人式」より「未成年バカ祭り」を!~バカ成人こそ地元の宝である。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

ハロウィンの倫理と享楽的大散財主義の精神~どうせ人間はいつか死ぬ。自転車は倒れたままでいいのだ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

花魁&ヤンキー成人式こそ地元のハロウィンである~自分で自分の首を絞めてナニが地方創生(笑)? - 在日琉球人の王政復古日記

 

寛容の美徳~ハロウィンを全面的に擁護する~広島カープ、だんじり、東京マラソンだって、迷惑はお互い様(笑)。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

#SEALDs 2015年渋谷スチャダラパーVS全共闘1969年新宿フォークゲリラ~「政治」は勝ち続け、「流行歌」は負け続ける。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

祭礼だけの話でもない。

サーカスだって祭礼の商売であり、ゲームセンターも祭礼の一種「遊び」の範疇である。

 

象曲芸で長年非難、米老舗サーカスが興行終了へ (読売新聞) - Yahoo!ニュース

2017/01/16

 150年近い歴史を持つ米国の老舗サーカス「リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカス」の親会社は14日、今年5月の公演を最後に興行を終了すると発表した。
 同サーカスは、象を使った曲芸などが動物虐待だとして動物愛護団体から長年にわたって非難され、すでに象のショーを取りやめている。こうした愛護団体との対立に加え、娯楽産業が多様化したことで子どもたちが以前ほどサーカスに足を運ばなくなり、チケットの販売が伸び悩んでいた。
 親会社は声明で「象のショーをやめた後、チケット販売の低迷がさらに深刻になった。運営経費の高騰もあり、ビジネスが継続出来なくなった」と説明した。

 

全文表示 | クレーンゲーム景品にハムスター 「命を何だと」vs「金魚すくいと同じ」 : J-CASTニュース

 2017/1/13 

ハムスターをクレーンゲームの景品にして展示していたとして、兵庫県内のゲームセンターにツイッター上などで非難が集まり、店側がゲーム機を撤去するまでになった。ネット上では、「金魚すくいとどう違うのか」などと疑問も出て、論議になっている。
「思わず目を疑ってしまった」「爆音すごいですよ」「小さな命をなんだと思ってるんだ~」。ツイッター上などでは、2016年末ごろからクレーンゲームの画像が投稿され、17年に入ってからも、こんな声が相次いだ。

(略)

景品化に反対の声としては、「生き物への虐待だよ」「ストレスが半端なかっただろうな」「実物入れんでも見本写真で十分だったのに」といった書き込みがあった。一方で、理解を示す声の方も多く、「これがダメなら縁日の金魚すくいもアウトだな」「サンプルで置いてるだけじゃん ペットショップと一緒」「直接キャッチするんじゃないからいいだろ」などの意見も出ている。 

 

孔子が祭礼を語りながら政治思想を述べているように、政治運動もまた祭礼の一種である。

 

#SEALDs 2015年渋谷スチャダラパーVS全共闘1969年新宿フォークゲリラ~「政治」は勝ち続け、「流行歌」は負け続ける。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

祭礼と生贄と生命の対立は、孔子の時代から平成の御代まで、ずっと続いている。

 

羊を殺す、支那の告朔も、
人間の心臓をえぐる、アステカの太陽信仰も、
馬をムチ打つ、日本の上げ馬神事も、
人間が押し潰される、だんじり御柱も、
全く同じ、孔子のいう「礼」である。 

それは、人間と人間、人間と神、人間と自然、の間を破綻なく管理するプログラムである。

 

そして、同じホモ・サピエンス同士、ましてや、同じモンゴロイド同士なんだから、おそらく、アメリカ新大陸のマヤにも「孔子」がいたはずなのだ。アステカでも「論語」は書かれたはずなのだ。

支那孔子は、羊の命を惜しまなかった。しかし高価な麻の冠は省略した。

では、「中南米孔子」は、彼の書は、自分たちがやってる人身御供=人殺し=生贄狩り戦争を、 

羊のような、改変不能の祭礼の根本と見ただろうか?
麻冠のような、改変可能の過去の因習と見ただろうか?  

 

「先生! こんなに人間を無駄に殺していたら、マヤ文明は破産しますよ!」

「弟子よ、この祭礼を失ったら、マヤ文明は、価値を、意味を、失うのだ」

みたいな問答が、数百年前の中南米の石造りの都市であったのか?、それとも、文明がそこまで進む手前だったのか?

 

もしも「インカの論語」が発掘されたら、

タイムマシンで魯国へ飛び、

インカの結縄を現代語に翻訳し、

それを漢文に直して、

さらに竹簡に書き写したもの(おいおい、大変な作業だな)

をご献上のうえ、

旧大陸孔子先生に、新大陸の論語へのご感想を伺いたいものである。

 

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