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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

atg「祭りの準備」(1975年)原田芳雄VS日活「南国土佐を後にして」(1959年)小林旭、ペギー葉山。

南国土佐映画対決。

 


南国土佐を後にして/ペギー葉山/小林旭・浅丘ルリ子/ダイス勝負篇

 

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-41-46/alfmom29/folder/1132349/23/36875323/img_0?1364691644

 atg「祭りの準備」(1975年)

 

歌手・ペギー葉山さん死去 (ホウドウキョク) - Yahoo!ニュース

2017/4/12(水)
歌手・ペギー葉山さんが12日、東京都内の病院で亡くなった。83歳だった。
「南国土佐を後にして」や、「ドレミの歌」の日本語の歌詞を作詞したとして知られる、歌手で女優のペギー葉山さんが、12日午前、肺炎のため、亡くなった。

 

故人には申し訳ないが、私にとって「南国土佐を後にして」といえば、唄ではなく、映画である。

 

1959年と言えば、日本映画全盛期。日本全国、小さな町にまで映画館があり、その小屋で掛けるために月単位で何本もの映画を必要としていた。邦画各社は映画を毎週のように量産しまくる。平成のテレビドラマよりも大量生産である。

そんなことをしていたら、一気にネタが枯渇するわけで、アイデアになるなら何でもよかった。というわけで、ヒット曲、というただそれだけの理由で、そこから話を膨らませて映画「南国土佐を後にして」が作られたわけだ。

映画はヒットし、日活スタア小林旭の出世作の1つとなり、後に日活を支える無国籍アクション「ギターを持った渡り鳥」シリーズの原型となった映画である。

 

日活「ギターを持った渡り鳥」シリーズとは、

監督ジョージ・ミラー主演トム・ハーディの「マッドマックス怒りのデス・ロード」、

監督ニコラス・ウィンディング・レフン、主演ライアン・ゴズリングの「ドライヴ」、

監督・鈴木則文主演・菅原文太東映「トラック野郎」シリーズ、

監督・山田洋次主演・渥美清の松竹「男はつらいよ」シリーズ、

などの原型となった映画だ(←オルタナティブ・ファクト、笑)。

 

ライアン・ゴズリング=日活無国籍アクション~ラ・ラ・ランド=東京流れ者(渡哲也/鈴木清順)~ドライヴ=ギターを持った渡り鳥(小林旭) - 在日琉球人の王政復古日記

 

地元・高知ロケも取り入れて、昭和30年代、戦後高度経済成長より前の、高知市の街並みや、(戦後すぐに始まった、そんなに歴史があるわけではない新しいイベントである)よさこい祭りの風景など、今からすれば貴重な映像もあるが、

まあ作った動機が動機だけに(笑)、日活自体に、南国土佐に対する強い思い入れがあったわけではなく、ストーリー自体に「高知でなければならない!」必要性はない。舞台は北海道でも横浜でもどこでもよかった。

小林旭も、登場人物も、土佐弁ゼロの標準語だし。まあ、天下の日活スタアが訛るわけにはいかないが。

 

最初の動画のダイスのシーンは、特撮ではない。当時はCGなんかない。

小林旭は、ホントに、ぶっつけ本番、たった一発で、ダイスを積み上げたという。

共演の、水戸黄門・美女シリーズの魔術師(笑)西村晃御大も、まさか一発で成功するとは思っていなかったらしく、演技ではなく、素でビックリしている(笑)。

やはり、アクションスタアというのは運動神経が重要なのである。

 

この映画の舞台である昭和30年代、リアルにその時代に、リアルに南国土佐から、脚本家を目指して東京に出てきた青年がいた。

彼・中島丈博の半自伝的映画が、最初に張った画像、薄汚れた原田芳雄がカッコイイ、日本アートシアターギルド「祭りの準備」(1975年)である。

こっちは、日活と異なり、舞台が南国土佐であることに重要な意味がある。

 

マジメに、平成の、特に若い皆さんに、見ていただきたい日本映画の名作だ。

ラストの原田芳雄の「バンザーイ!バンザーイ!」は、号泣必死の名シーン。

 

http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/20/64/d0162564_11293537.jpg

 

これを見ないのは、人生の損失だ。

 

この映画が描く昭和30年代南国土佐は凄まじい。

ダボシャツ、ステテコ、腹巻、草履が定番の温帯モンスーン気候ドンピシャのメンズファッション。

泥棒一家、シャブ中少女と色情狂老人、浮気、不倫、兄弟による嫁さん共有()、そして母子相姦()、濃厚にして、爛れて腐乱した、ドロドロの家族関係。

土俗的いや原始的といってもいい、この映画の風景、出てくる人間関係こそが、リアルな南国土佐であり、広く、九州を含む西南日本の風土だったのだ。

これは、黒潮の流れに乗って、わが琉球とも、もっと広く、南洋アジア全体とも、共通性を持つものだ。

 

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これが1970年代の青春映画である。2010年代の、たとえば「PとJK」なんかと、同じジャンルの映画とはとても思えない(笑)。

 

昭和30年代の南国土佐を舞台にした2つの映画、ATG「祭りの準備」と日活「南国土佐を後にして」は、ほぼ同じ時代のまったく同じ土地を舞台にした映画だ。

つまり、ボロボロの格好の原田芳雄と、パリッとしたスーツ姿の小林旭は、同郷の同級生なのだ。

しかし、この2人は、まったく同じ時代の同じ場所の人間には見えない(笑)。

「祭りの準備」のリアル昭和30年代南国土佐の原田芳雄を見ると、

「南国土佐を後にして」小林旭が完全なファンタジーであることがよく判る。

だから「南国土佐を後にして」がダメ、というわけではない。

「祭りの準備」も「南国土佐を後にして」も、どっちも映画として正しいのだ。

 

西南日本・南国土佐が、ATG映画「祭りの準備」ならば、

北日本津軽は、同じ中島丈博脚本のATG映画「津軽じょんがら節」だ。

  

http://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/ra236/users/0/5/7/5/cinemadokidoki-img600x440-1421974908frxe0q29803.jpg

 

こっちも名作である。

私の大好きな大映「女賭博師」シリーズの昇り竜のお銀、「日本のソフィア・ローレン」こと(笑)江波杏子主演である。

 

こっちも土俗性では南国土佐に負けていない。

そして、こっちも近親相姦話が出てくる。やれやれ(笑)。

 

「祭りの準備」が、南国土佐の青年が生まれ故郷のドロドロを捨てて、1個の人間として生きていける東京へ脱出する話だとすれば、

津軽じょんがら節」は、東京の青年が裏社会のオキテに追われて逃亡し、津軽の土俗性に自分の「居場所」「故郷」を見つける話である。

主人公の目指す方向がサカサマなのが面白い。

 

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