在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

ボクシング村田諒太の判定VSフィギュアスケート羽生結弦の判定VS大相撲稀勢の里の体重。

村田が負けた…13戦目の初黒星「胸騒ぎした」本田会長は判定に激怒 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

2017/5/21(日)
 村田に非情な判定…。ボクシングのWBAミドル級王座決定戦で世界初挑戦したロンドン五輪同級金メダリストの村田諒太(31=帝拳)は、元WBO同級王者アッサン・エンダム(33=フランス)に1―2で判定負け。22年ぶり2人目の日本人ミドル級世界王者、日本の五輪メダリスト初の世界王者を逃した。4回にダウンを奪うなど押し気味に進めながら、ジャッジ2人がエンダムの手数を支持する結果で、プロ13戦目にして初黒星を喫した。
 「ええ~っ」。勝者がエンダムとコールされると、有明コロシアムは驚きの声で包まれた。ジャッジの1人は116―111でエンダム、もう1人は117―110で村田、最後の1人は115―112でエンダム。採点表は9~12ラウンドでどちらを支持するかで大きく割れた。「判定を聞く時は胸騒ぎがした。(勝ちのアピールで)手を上げながら何か変な予感はしていた」。プロ初黒星の瞬間、少し驚いた表情を見せた村田は胸中を明かした。

(略)

 

私は、元・プロレスファン(すでに中退)なんで、ボクシングは見ない。

なぜなら、原則として、真剣勝負の格闘技にはどうにも興味が沸かないからだ。

ガチンコなんて、真剣勝負なんて、闘犬、闘鶏、蜘蛛相撲などなど、哺乳類どころかトリやムシでもできる。

私は、理由は書かないが(笑)人間にしかできないプロレスの方が好みである。

つまり、私は根っからのヒューマニスト(人間中心主義者)なのだ。

 

村田諒太、泣かされたあいまい採点基準/解説 (日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

2017/5/21(日)
 不可解な判定の原因は、ジャッジ2人(パナマ、カナダ)と1人(米国)に分かれた採点基準にある。審判3人は序盤にエンダム、中盤に村田を支持。分岐点は終盤9回以降の採点だ。
 7回終了時で判定は村田の2-0。8回は足を使ったエンダムに3人がポイントをつけた。判定は2-1となったが、村田だった。
 問題は残りの4回だ。村田が圧力をかけて重いパンチを出し、エンダムが足を使って軽いパンチを出す展開が繰り返された。世界戦を107試合裁いた元レフェリーの森田健氏(82)は「私の採点で村田の勝ち。ただ今の採点基準はあいまいで、有効打をとる審判と手数をとる審判に分かれる。今回は手数をとる審判が2人いた」。手数派の2人はすべてエンダムに、有効打派の1人はすべて村田に採点が真っ二つに割れた。
 ではなぜ分かれたのか。ここで村田がダウンをとる前の3回の採点が顔を出す。この回に村田は手数は少ないながらワンツー(有効打)をヒットした。ただ審判2人はエンダムの手数をとっている。そのまま採点傾向が終盤も続いた形だ。ただエンダムは手数で村田を上回っていたが、ほとんどが堅いガードでブロックされてヒットしていない。
 採点で最重要視されてきたのは有効なクリーンヒットだが、森田氏は「当たってなくても手数が多い方が試合を支配しているとみるジャッジがいる。以前は年に1度、団体の総会で審判がビデオを見て勉強する機会があったが、最近は知らない」という。採点競技にとって採点基準の統一は最低限の条件だ。あいまいな基準はボクシングそのものの価値を下げる。

 

ボクシングだけでなく、プロレスにも不可解な勝敗、疑惑の決着はある。

というか、プロレスには不可解な勝敗、疑惑の決着「しか」ない。

 

プロレスのレフェリーの不可解さは、ボクシングのジャッジどころではない。

カウントが急に早くなる、または、遅くなる、または、途中で失神する。

観客に丸見えの凶器が、ぜんぜん発見できない、どころか、試合途中で不要になった「何か」をレスラーから受け取って、リングサイドの練習生に渡す。

殴られて倒れたレスラーの額に、華麗なるフィンガーアクションを施したと思ったら、いきなり大流血!・・・

そこが「プロレスという全人格的な真剣勝負」(←格闘技の真剣勝負とは理念が異なる)だけが持つ醍醐味である。

  

さて、話を「普通の真剣勝負」に戻す。

そもそも、なんで、こんな騒動が起こるか?といえば、ボクシングに「勝敗判定」が存在するからだ。

 

もちろん、レフェリーがいる以上、判定の無いスポーツはない。

サッカーだって、野球だって、判定はあるが、それらのスポーツの判定は、微妙なプレーへのアウト、セーフ、反則などの判定であって、「コッチの勝ち、アンタの負け」という勝敗判定ではない。

 

ボクシングと同じく「コッチの勝ち、アンタの負け」という勝敗判定の存在するスポーツには、例えばフィギュアスケートがある。

フィギュアの判定にも、浅田真央VSキムヨナのごとく、色んな疑惑や抗議や騒動が起こりがちだ。

 

だから、万人が納得しない、消化不良を起こしやすい、勝敗判定それ自体が、勝敗を争うタイプのスポーツにとって、厄介なモノなのだ。

じゃあ勝敗判定を廃止すればいいのだが、廃止出来ない理由がある。

 

ひとつは、勝敗判定以外の方法で勝敗が決められないスポーツがあることだ。

典型例はフィギュアだ。判定無しで浅田真央とキムヨナの勝敗を決めることは不可能である。

フィギュアは踊りや舞に近く、結果を計量化できない。もともと勝敗を決めるためのスポーツではない。だから最初から無理があるのだ。

 

しかし、ボクシングは、フィギュアと異なり、判定じゃない、KO、TKOという勝敗もある。

他の条件を無視すれば、ボクシングから勝敗判定を除外して、勝敗をKO、TKO、ドクターストップだけにすることは可能である。

どっちかが倒れて、10カウントで立てなくなるまで、ラウンド無制限。

いっそ、1ラウンド3分を、1ラウンド10分に変更する。 

そうすれば、KO、TKOの確率は高まり、ボクシングから「あの判定はおかしい!」という騒動は、ゼロにはならないにしても、かなり少なくなる。

しかし、こんな変更をすれば、ボクサーと健康と生命に非常な危険が発生するだろう。 

 

判定を排除した、明快な勝敗を求めれば、ボクシングはどんどん危険になっていく。

反対に、ボクサーの健康と生命と安全に配慮してボクシングのルールを改定すれば、ボクサーはますますダウンしなくなる。KO、TKOの確率も下がっていき、勝敗判定が増える。

 

勝敗判定の無い、しかし、選手の健康と生命に致命的な危険もない、そんな格闘技はないのか?・・・ある。相撲だ。

 

ほぼ完全決着で引き分けもない。相撲にも「物言い」はあるが、ボクシングの判定ほどの頻度ではない。そして直後の取り直し=再試合が可能なくらい、ファイトそれ自体に、選手の健康と生命への致命的な危険もない。

 

何故、ボクシングでは実現できないことが、相撲では実現されているのか?

それは、相撲に「寄り切り」「押し出し」という勝敗があるからだ。

言い換えれば「土俵を割ったら負け」という勝敗が存在するからだ。

 

ボクシングに「ロープに接触したら負け」というルールはない。

柔道にも剣道(※)にもレスリングにも「場外に押し出されたら負け」というルールはない(←間違い。剣道にはありました)

 

※『~』さんから、貴重なご指摘をいただきました(2017/05/24)。

一点、剣道には「場外反則」というルールがあり、二度押し出されて負けるケースは、高校までの試合などには、しばしばあるのだそうです。 

う・・・無学文盲をお許しください(汗)。勉強させていただきました。

剣道には「寄り切り」というか「押し出し」があるんですね。

確かに、刀を合わせて相手を押し込めるのは、実戦に適ってますな。

剣道は体重別じゃないですよね? じゃあ、剣道も体重がある方が有利ですわな。

ホント、こういうコメントはありがたいです。また、イロイロ間違うと思いますので、よろしくお願いいたします(^^)。

 

「試合場を出たら負け」つまり土俵という存在は、格闘技の中でも、相撲、それも日本の相撲に出色のルールなのだ。

相撲は世界各地にあるが、モンゴル相撲や朝鮮相撲シルムなどは土俵がない。だから「試合場を出たら負け」がない、ゆえに、寄り切り・押し出しがないそうな。

土俵の存在こそが日本相撲の特徴なのである。

「土俵を割ったら負け」ゆえに、日本相撲の力士の合理的な勝利戦略は、体格を大きくする、体重を重くする、のが一番有効になる。

 

もっと言えば、力士の体格に比べて土俵が狭いから、勝敗判定を不要にできた。

土俵の狭さ、小ささが、相撲というスポーツの生命線である。

「土俵の狭さ・小ささ」を失えば、相撲というスポーツは崩壊する。

 

もしも、相撲の土俵の3倍くらいの大きさに広げれば、相撲というスポーツはガラッと全く別のスポーツに変わるだろう。

土俵が広ければ、土俵を割ることがかなり困難になる。土俵の中で相手を転がすしかなくなる。

そうなれば、勝敗に時間がかかり、試合時間は飛躍的に伸びる。

寄り切り・押し出しが難しく、試合時間が延びれば、体格の大きさ、体重の重さは、有利性を失う。体重が重いと、疲労が激しくなり、長い試合時間に対応できない。

力士の合理的な勝利戦略は、体重を増やすか、体重を減らして持久力をつけるか、そのバランスが必要になる。

よって、土俵を3倍にしたら、力士は、現在よりも、ずっとスリムになるだろう。

そして、相撲も短時間で勝敗が付かなくなり、ボクシングのように勝敗判定を導入するしかなくなる。

1番の試合時間の急増で、1場所15番勝負なんて、体力的に、無理になる。ボクシングのように、1興行1番勝負にするしかない。

 

土俵を広げれば、相撲は、力士の体格も、試合時間も、勝敗の決着も、試合形式も、ボクシングにどんどん近くなるわけだ。

ここから逆算すれば、ボクシングから勝敗判定を減らすには、ルールを相撲に近くすればいい。

 

相撲は足裏以外を土俵=地面に付けたら負けである。

ボクシングも足裏以外をリング=地面に付けたらダウンである。

そこは相撲もボクシングも同じだ。異なるのは「横方向」である。

「土俵を割ったら負け」というのは、土俵の境界線上に「縦になった、壁上の、もう一つの地面」を想定しているのだ。

 

つまり、ボクシングも、ロープを「縦になった、壁上の、もう一つの地面」と想定すればいい。

足裏以外を「ロープ=壁上の地面」に付けたらダウンとする。

言い換えれば、ボクシングに「押し出し」を新設すればいい。

具体的には、ロープに接触したら減点、というルールを導入する。

そうなれば、たとえKO、TKOがなく試合が終了しても、明確なロープ減点数で勝敗が付けられる。不可解な勝敗判定が減るだろう。

しかし、そうなれば、ボクシングは相手をロープに押し込めば勝てるわけで、ボクサーの合理的な勝利戦略も大きく変わる。というか戦い方が相撲に近くなる。

もはやボクシングとは別物のスポーツになるだろう。

 

ボクシングをボクシングのまんま維持する。

しかし勝敗は明確にする。

ただしボクサーの健康と生命を守る。

これは、かなり無理のある要求なのだ。

 

プロフェッショナル・レスリングが、「プロレス」になったのは、ちゃんと理由のあることなのだ。

 

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