在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

#日本海 일본해VS #東海 동해~日本とは何か?~韓国人やVANKに「トンへだけは絶対イヤ!」と後悔させる究極の秘策。

 

「日本海」表記 韓国民間団体が「15万人」動員、世界で圧力 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

2017/8/4(金)
 日本海呼称の変更を求め、「15万人の会員」を動員し世界の出版社や政府機関などに働きかけを行う民間団体「VANK」の朴(パク)起台(ギテ)代表が産経新聞の電話取材に応じ、「民間で自発的に運動を行うわれわれの熱意は、日本とは比較にならない」と述べた。
 VANKは1999年、海外の文通相手募集サイトとして設立された。国際交流の中で「韓国の正しい姿を世界に知らせる必要を感じた」(朴代表)として「サイバー外交使節団」を名乗り、竹島島根県)の領土問題や日本海呼称問題について広報活動を展開。代表的な反日運動団体の一つとして知られるようになった。
 朴代表によると、入会費3万ウォン(約2900円)を支払った正会員3万人や外国人3万人を含み、活動に参加する会員総数は15万人に上るという。
 メンバーは「日本海」の単独呼称が採用されている世界各地の地図や教科書、放送などについて情報を共有。出版元などに一斉に大量のメールを送付するなどして圧力をかけ、表記の変更を要求する。
 朴氏は、これまでに米誌「ナショナル・ジオグラフィック」や英国のBBC放送など、国際的に知名度の高い媒体で日本海と東海の併記を実現させたと強調。「学生ら若い世代を中心に、充実した活動ができている」と振り返った。

 

そもそも、日本海どうのこうのの前に、「日本」とは何か?

 

あ、「日本とは何か?」なんて書き方だと、イロイロややこしくなりそうなので(笑)、「日本」という名称はどういう意味なのか?、と書いた方が判りやすい。

 

日本海일본해VS東海동해~世界の東の果て~名前は他人のために存在する。しかし所有物にも付ける。 - 在日琉球人の王政復古日記

の続き。

 

おそらくは前々からその意識はあったのだろうが、この列島の権力が、初めて正式に自らを「日本」と名乗ったのは、(おそらく事実上の2代目天皇天武天皇である。

天皇という名称も同時期に始まっているから、日本と天皇はワンセットの名称なんだろう。

 

前回書いたように、名前は「他人のために付けるモノ」ではある。

たとえば、JAPANは、日本人の自称ではなく、外国人が勝手に名付けた名称だ。

しかし、「日本」は、「他称」ではなく、日本の「自称」から始まった。

 

この列島の住人は、自分たちで好んで望んで、「日本」と名乗った。

ここは重要である。

 

日本と名乗る前は、かなり長い間、この列島の住人や権力集団は、この列島の外部(つまりは支那・朝鮮)からは、「東夷」とか「倭」と呼ばれていた。

もちろん「東夷=蛮人」も「倭=小人」も、支那からの侮蔑の意味を含んでいる。

支那は「中華」という美称を持つ。ここから「中国」という名前も出てくる。

そして支那は、東西南北周辺を、東夷、西戎、南蛮、北狄、と呼び見下していた。夷、戎、蛮、狄は、すべて野蛮人の意味だ。

だから天武天皇も、蔑称は嫌だということで、「」の文字の付かない「日本」と名乗り直したわけだ。

 

しかし、よくよく考えて、この「日本」って本当に【美名】なのだろうか?


日本の中世時代、実は、畿内大和朝廷・京都朝廷以外に、もう一つ「日本」を名乗った勢力がこの列島には存在した。
京都から遠い北の果て、関東からもさらに北、奥州十三湊の安東氏である。

彼ら安東氏は、源氏でも平氏でも藤原氏でもなく、神話の時代、天孫神武天皇に抵抗した、近畿の先住民・長髄彦・安日彦の末裔を自負した珍しい武家である。この安東氏またはその分家である下国家は、外部に対して、自ら「日之本将軍」と自称していた。京都の室町幕府朝廷も、彼らの自称を特別には拒否せず、おおむね黙認していた。

 

さて、安東氏や下国氏は、どうして、京都の幕府や朝廷に対して「日之本将軍」と自称したのか?
そもそも「日之本」とは、如何なる意味なのか?
「日之本」とは「太陽の昇る場所」つまりは「東」という意味なのだ。
なるほど、確かに、奥州は畿内よりも、東にあって、早く太陽が昇る。

そして、単純に「東」と名乗るより「太陽の昇る場所」の方がカッコイイ。

 

実は、安東氏や下国氏は「日之本将軍」だけでなく「東海将軍」という名乗りも使っていた。つまり彼らにとって「日之本=東」なのだ。

自分たちを「北方」だという意識より「東方」だという意識の方が強かったようだ。あと「海の支配者=交易政権」という意識もあったのだろう。


しかしだ、自分達を「日之本=東」と自称するって事は、「我々は中央ではない」という無意識の前提がある。

安東氏や下国氏は、無意識に、京都の幕府や朝廷こそが「中央」だと認めている。

「日之本将軍」とは、つまり「ぼくら端っこ宣言」なのである。


もしも、安東氏や下国氏に自立意識があり、幕府や朝廷から完全に独立しているのならば、自分こそ「中央」と名乗るはずである。

自分で自分を「東」とは呼ばない。逆に安東氏や下国氏が、京都を「西」と呼ぶべきなのである。

 

つまり、「日本」という言葉には「東」という意味があり、それは「中央ではない」という無意識を含むのだ。

「日之本将軍」と自称した安東氏や下国氏には、「自分たちは東に住んでいる」という無意識があった。

となれば、「日本」と自称した天武天皇も同じことで、「自分は東の天子だ」という無意識があったのだ。

 

「日本」という名称は、「東夷」の「夷」は否定しても、「東夷」の「東」は肯定してしまっているわけだ。

「倭」は訓読みで「ヤマト」と読む。「日本」も日本武尊ヤマトタケルノミコト)と読むようにが「ヤマト」と読める。そして古代氏族・東漢氏を(ヤマトノアヤウジ)と読むように、「東」も「ヤマト」と読む事例がある。

つまり「倭=大和=日本=東=ヤマト」なのだ。

そして、これらは「支那=中華=世界の中心」が前提の名称なのである。

 

天武天皇も、「俺たちは夷じゃない」という自尊はあっても、大陸の大唐帝国に対して「こっちが中央だ!オマエらの方が西の端っこだ!」という自尊までは持てなかった。

 

天武天皇だけでなく、歴史上の日本人は「太平洋から見て、我々は西にある」という意識は最後まで持てなかった。

もちろん、それが人間として、当たり前なのだ。

「誰も住んでいない、何もない太平洋より、オレたちは西だ」なんていう意識があったら、それはそれで、精神的にかなり変わった人である(笑)。

 

「日本=東」である。つまり「日本海=東海」なのだ(笑)。

 

まるで韓国人に有利な理屈に見えるが(笑)、そうではない。全く正反対なのだ。

 

日本政府は、韓国政府に対して、

韓国人が、日本海を東海にしたいなら、変えてもイイよ。

その代わり、慰安婦、徴用工、その他歴史認識問題も賠償問題も二度と持ち出さないことが条件だ。

日本海を東海(EAST SEA)へ変更する。同時に、歴史認識問題も解決とする。両国、両国民ともに、今後、どんなことが起ころうと、二度と変更はしない」という正式の条約を結ぼう。

両国政府で世界に向けて共同宣言する。さらに国連での公式決議も要求する。

政府だけじゃ信用できないから(笑)、韓国で国民投票を実施して、韓国人の過半数の「東海(EAST SEA)」と「歴史認識問題」のバーター交換への賛成票を要求する。

そして韓国国民が認めたことを証拠として残す。「東海(EAST SEA)という名称は二度と変えない!」という内容の石碑を、ソウル市庁前や他の主要都市のど真ん中、韓国人が誰でも見える場所に多数の建ててもらいたい。

韓国の学校でも、名称変更記念日に「東海は東海(EAST SEA)です。天地がひっくり返っても、名称は二度と変えません」と生徒に合唱させてもらいたい。 

という交渉をする。

 

名付けて「東海条約」である。

もし韓国が「東海条約」に同意して、そのすべて条件を完了したら、

 

日本政府は、国号を「日本国」から《東》(ヤマト)に変更する(笑)。 

 

殷周秦漢の昔から、東洋においては、漢字1文字の国号は普通だし、逆に1文字国号は2文字3文字の国号よりもグレードの高い、トップの名称なのだ。

そして「東」という漢字に、悪い意味は何もない。

どころか、今まで説明してきたように、そもそも、日本人の意識は、国号を付けた最初の気持ちも、「日本=東=ヤマト」だったのだ。

その後も、自分たちのテリトリーを大東亜共栄圏自衛戦争大東亜戦争と称したくらい、「東」は日本人にとって自分自身を意味する。

 

英語名も「JAPAN」から「EASTLAND」に変更する。

JAPANなんて、日本人が付けた名前ではない。外国人の勝手な命名だ。

そして世界中の人もEASTLANDという新国名を変だとは思わない。だって彼らの世界地図では、確かに日本は「東の端っこ」なのである。

南アフリカ南アフリカなのと、北海が北海なのと、まったく同じである。

 

日本は《東》=EASTLAND。東海=EAST SEA。

 

「東海条約」によって、韓国人自らが「東海は、《東》(やまと)の海だ」と半永久的に祝福してくれてことになるわけだ(笑)。

 

おそらく、将来の韓国人は「だまされた!」「《東》海(EAST SEA)だけは絶対イヤだ!」と血の涙を流すだろうが(笑)、世界に向けて宣言した国連決議と、韓国の歴史に残った国民投票と、目の前にある巨大石碑を何とかする以外に方法はなくなるのである。

 

というわけで、以上が、「南」の土人がパッと思い付いた「秘策」なんだが、

《東》人=ヤマトンチュの皆さんは、如何思われるだろうか?

もし採用される場合は、《東》人からの歴史上幾多の御恩情に報いるためにも、喜んでアイデアをお譲りする。

在《東》琉球としては、名誉は要らないんで、多少で結構なんで、個人的な金銭補償を是非ともお願いしたい。