在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

三里塚成田空港VS保育園新設~人口が減少しても、千葉から飛行機さえ飛べば、日本は大丈夫らしい。

https://stat.ameba.jp/user_images/20170218/10/rebotco5102/4b/46/j/o0400031513871316168.jpg?caw=800

 

保育園:合意得られず開園延期 住民が反対 東京・吉祥寺 - 毎日新聞

2017年8月24日
 東京都武蔵野市吉祥寺南町3の市有地に来年4月の開園を目指していた認可保育園が、近隣住民の合意を得られず開園を延期したことが23日、分かった。市は住民説明会や意見交換会、職員による戸別訪問を続けているが、住民の間に反対も強く、理解を得るには時間が必要と判断した。計画は白紙に戻さず、来年度中の開園を目指す。
 保育園の予定地は、吉祥寺駅徒歩約10分の閑静な住宅地にある約1400平方メートルの空き地。市によると、住民からは通園時の車の通行や園児の声などに対する懸念が出ているという。市は、住民から一定の合意を得られれば、運営事業者を公募し、事業者と共に運営のルールを住民と協議していく方針だった。市の担当者は「保育園の音や通園、景観の問題などについて近隣住民の意見を聞きながら誠意をもって対応したい」と話している。
 武蔵野市では、民間事業者が吉祥寺東町1に今年4月の開園を目指していた保育園も、近隣住民の反対で開園を断念している。同市の待機児童数は約120人。市は解消に向け、来年4月に吉祥寺南町3を含む5カ所に認可保育園5園(定員300人)の開園を計画し、今年度当初予算に8億2847万円を計上した。

 

成田空港反対運動に50年以上 北原鉱治氏が死去 - 産経ニュース

2017.8.10
 成田空港の建設反対運動に50年以上にわたり関わった三里塚・芝山連合空港反対同盟北原派事務局長の北原鉱治(きたはら・こうじ)氏が9日、老衰のため死去した。95歳。通夜は18日午後6時、葬儀・告別式は19日午前11時、千葉県成田市寺台77の1、ナリコーセレモニー寺台ホールで。喪主は長男、健一(けんいち)氏。
 昭和41年、成田市三里塚への空港建設が閣議決定されたことを受け、同盟が結成された当初から事務局長を務めた。46年には、強制代執行の対象地に掘った地下壕(ごう)に立てこもるなど、反対運動の先頭に立った。
 58年の同盟分裂後は「北原派」の代表として、中核派革労協などの支援を受けて強硬路線を貫いた。
 平成26年に成田空港の第3滑走路建設を要望する声が地元経済団体などから上がると、「絶対反対」の意思を表明した。

 

あいかわらず、成田空港は都心から遠いが、成田闘争も民心から遠くなった。

なにしろ50年、半世紀だもんね。

 

成田空港は利用してても、成田闘争は知らない人が9割の時代、初めて見ると、新鮮かもしれない。

昔々、房総半島の千里塚という場所で、こういう騒動がありました。もちろん、皆さんの日本ですよ(笑)。

 


三里塚闘争 中核派VS機動隊 19851020

 


成田空港闘争 中核派

 

何のことやらサッパリ?な人は、なかなか簡便にまとまってるフジテレビ系ニュースサイトをご参照。

 

成田空港の利用客が10億人突破! 開港前に反対運動はなぜ起こったのか | ホウドウキョク

 

死傷者が多数に…なぜ成田空港の反対派は過激に進んだのか | ホウドウキョク

 

闘争から共存へ… 成田空港のこれからは | ホウドウキョク

 

平成の保育園の場合、

住民の反対運動で、行政側は、いとも簡単に、アッサリと、計画を頓挫し、延期し、中止する。

待機児童は山のように膨れ上がるが、保育園は増えない。

 

昭和の空港の場合、

住民の反対運動なんか、行政側は、屁とも思わず、アッサリと無視して、計画を強行し、開港させた。

死人が出るほどの流血の惨事が続発し、管制塔破壊テロも勃発した。

それまで刑事と交通だけの単なる「田舎警察」だった千葉県警が、東京警視庁並みの警備部・機動隊を持つ「政治警察」に変貌していった。同じような空港を持つ他道府県にそんな変化はなかった。

おそらく政府も「あ、いくらなんでも、強引すぎたか?」と途中でかなり後悔したと思うが、新左翼系の反対運動で工事を中断することは、国家のメンツに傷がつくから出来なかったんだろう。

 

しかし、ただただ無毛な戦いの中で死んだ、三里塚の北原鉱治翁が、吉祥寺の保育園の反対騒動を見たら、何と言うだろうか?

おそらく、無言で、首を横に振って、ただただ苦笑するのだろう。

しかし表情はこう語っている。

「何だったんだ、オレの人生は?」「何なんだ、国家の優先順位って?」と。

 

吉祥寺だけでなく、日本中の都市圏で、保育園の新設計画が持ち上がり、必ずと言っていいほど、住民が反対して、多くの場合、建設は延期される。

住民エゴ? 地域エゴ? 行政の説明責任? ガキの騒音? 親のマナー?

何が問題なのか?当事者じゃないから、判らんが、住民の意見が無視されないことはイイ事なんだろう。

 

ポスターを貼って、署名を集めるだけで、簡単に止まる保育園新設。

開拓農民が、機動隊と殴り合いをしても、止めることが出来なかった成田空港。

いったい、何が違うのか?何が違ったのか?

 

50年前の三里塚でも、行政側が現在の吉祥寺くらい物分かりが良ければ、開拓農民のその後の人生はまったく変わっていただろう。

 

保育園は作れないならしょうがない。空港だけは人間が死んでも作る。

日本国家にとって、少子化対策なんて、どうでもいい些細な話であり、首都圏に飛行機さえ飛べば、日本は大丈夫!、ということなんだろう。

 

住民と行政、どっちがが正しい、と言いたいのではない。

正直、どっちが正しいのか、私にも判らない。

しかし、どっちかが正しかった、はずなのだ。