在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

通り魔VS警察~虐待親VS児童相談所~独自に捜査権・逮捕権を持たせるか、警察生活安全部に統合せよ。

血を分けた虐待親が、自分の子供を殺す。

赤の他人の通り魔が、見ず知らずの人間を殺す。

人間関係が、近かろうが、遠かろうが、鬼畜外道から逃げるのは難しい。

 

「むしゃくしゃしてやった」新幹線3人死傷、容疑認める:朝日新聞デジタル

2018年6月10日
 9日午後9時50分ごろ、新横浜―小田原間を走行中の東海道新幹線「のぞみ」車両内で男女3人が死傷した事件で、神奈川県警小田原署は同日、自称22歳の無職の男を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。男は「新幹線の中で殺意を持って人を刺したことは間違いない」と容疑を認め、調べに「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」と供述しているという。署は無差別に犯行に及んだとみて調べている。

 

鉄道の中でこういう犯罪が起こる。誰が取り締まるか?

都道府県警察本部にある「鉄道警察隊」つまり警官である。

 

昔は違った。

国鉄があった時代、鉄道内の犯罪は、警察の管轄ではなかった。

警官ではない国鉄職員が取り締まった。その国鉄職員は警官と同じような捜査権と逮捕権を持っていた。

「警官ならざる警官」鉄道公安官(正確には鉄道公安職員)である。

民間企業JRになって、民間会社員に拳銃を持たせるわけにいかなくなって、警察に吸収された。

 

捜査権と逮捕権は、国民に言うことを聞かせる、国家のみが保有=独占する暴力である。国家が国家として成り立つための必要条件だ。

だから、捜査権と逮捕権を、誰にでもホイホイと与えるわけにはいかない。原則として警察だけの専権事項である。

しかし、世の中には、特殊な場所、特殊な身分、特殊な犯罪がある。

そういう分野には、警察ではない警察、特別司法警察職員が置かれる。

 

特殊な場所、

上記の旧・鉄道公安官(国鉄/旧運輸省)、有名なのは海上保安官(海上保安庁)、他にも、刑務所の刑務官(法務省)、船舶の船員労務官(国交省)。

特殊な身分、

皇室には皇宮護衛官(要は近衛兵)、自衛隊には警務隊(要は憲兵)。

特殊な犯罪、

麻薬取締官(厚労省)。

 

殺人や強盗は暴力である。暴力を取り締まるのは、それ以上の暴力しかない。

それが、一般分野の警察であり、特殊分野の特別司法警察職員、となる。

 

日本には馴染みが無いが、世界には、軍隊でもない、警察でもない、その中間の暴力装置国家憲兵」を持つ国も多い。

 

#押井守 ケルベロス・サーガ~ #韓国映画 で実写版「人狼JIN-ROH」~警察、軍隊、第3の暴力装置・国家憲兵。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

警察ではない警察、特別司法警察職員は「第4の暴力装置」ということになる。

 

「今世紀最悪の人道危機」シリア内戦、どうして複雑化?:朝日新聞デジタル

2018年4月19日
 35万人以上が命を奪われ、「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれるシリア内戦。7年前、民主化を求める反政府デモをアサド政権が武力弾圧したのをきっかけに始まり、周辺国や大国が介入して和平の道筋を描けない泥沼の状態だ。シリアで何が起きているのか。これからどうなるのか。

 

シリアに限らない。北朝鮮核兵器に拉致に国民餓死、やりたい放題だ。

なぜなら、国家を取り締まる「警察」が存在しないからだ。

 

国民の暴力は、国民の暴力以上の国家の暴力=警察が取り締まる。

しかし、国家の暴力を取り締まる、国家の暴力以上の国際社会の暴力=世界の警察は、存在しない。

ゆえに、戦争や内戦や国家犯罪が取り締まれない。

 

児童虐待に怒る人は多い。私だって同様だ。

しかし、怒りの方向というか、責任追及の方向、解決策、改善策に、賛同できないものが多い。

 

結愛ちゃんを見殺しにした児童相談所の大罪 | ミセス・パンプキンの人生相談室 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

2018年06月09日
ミセス・パンプキン
事件が詳しく報じられるにつけ、今回もまた、児童相談所がその職責を果たさなかったことが浮き彫りになっています。もちろん一番罪深いのは虐待した親ですが、私は何よりも児童相談所職員が、「手が足らない」「事件性がなかった」などと理由を並べ、サボタージュに近い仕事ぶりでも何の罪も問われないことが繰り返されている点に、強い憤りを覚えます。
(略)
この10日後に結愛ちゃんは病院に搬送されています。亡くなった時は、5歳児の標準体重を7キロも下回る12キロだったそうです。結愛ちゃんの継父と実母の間にできた弟は両親と共によく外食していたそうで、実母は、自分の立場が危うくなるのを恐れ、夫に従い、見て見ぬ振りをしたとか。
自分が殺される覚悟を持っても、結愛ちゃんを他ヘ預けることは出来たはずです。よく食事が喉を通ったものだと思います。このような事件の実母には、実行犯以上の(否、同様の)罪と憤りを感じます。
これが鬼畜でなくて何でしょうか。産むのは一人前で、その後は動物以下の人間がこれほど多く、絶えることがないことに開いた口がふさがりません。このように民事不介入では救えない命が多すぎることから、児童相談所の権限も拡大され、警察との連携で多くの命が救えるシステムになったと理解してきました。
(略)
不作為の罪を問うべきだ
例えば結愛ちゃんの事件では、先の2月9日に、面会を母親に拒否された段階で、そのまま放っておいた児童相談所職員とその上司等は、明確に不作為の罪に問われる法を作るべきです。そうでなければ、いったい何のための児童相談所でしょうか。

 

筆者の気持ちは分かるが、彼女の怒りの方向では解決は遠い。

 

父親、母親が悪いのは当たり前で、個人感情で言えば、死刑相当である。

しかし、直接の死因にならない暴力、殺意の証明が難しい、などなど殺人罪の適用は困難だ。傷害致死すら難しい。

児童虐待には、酔っ払い運転、あおり運転などと同様、特別の法律を作って重罪を可能にすべきだろう。

 

しかし、サディストの親にはそれでいいにしても、

児童を放置する、無責任、無能力な親は、これでも治らない。

 

「産むのは一人前で、その後は動物以下の人間」と怒るけど、

ハッキリ言えば、世の中の親なんて、人間なんて、そんなレベルだ。

虐待親を「動物以下」と批判するが、人間は「動物以上」ではない。「動物同然」なのだ。

セックスは好きだけど、子育てはしんどいのだ。

 

釈迦も子を捨てた。イエスは母を否定した~能力と意欲の欠如した人間に、能力と意欲を要求する無理から、悲劇は始まる。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

虐待親に「動物以上になれ!」と説教するのは、新幹線通り魔に「ムシャクシャするな!」 と説教するようなもんで、説教でムシャクシャしなくなるのなら、そもそも通り魔なんて存在しない。説教で虐待を止めるのなら、子供は誰も死なない。

 

馬鹿でもセックスはできる。無能力でも子供は生まれる。

これは、人間を去勢手術しない限り、変えようがない。

人間の責任感に頼ったって、交通事故は絶対に起こる。

起こることを大前提に交通システムを考えるしかないのだ。

虐待親は「動物以下」である。それは治せない。治せなくていいから、子供だけを救出するしかない。

 

次に、児童相談所の無能・怠慢への怒りだが、気持ちは分かるが、そもそも公務員なんてしょせん「その程度」である。中にはマジメな公務員もいるだろうが、 個々の人間の倫理観に依存するシステムで上手くいくなら、世の中に警察は要らない。

 

そして児童相談所にも言い分はあるだろう。彼らの権限は弱い。なぜなら、彼らの相手・虐待親には、国家が保障した「親権」があるからだ。

 

親権以上の権限もないのに、虐待の責任だけ取らされる。

そういう立場になった公務員は、積極的に虐待を調べなくなる。虐待の隠蔽に走る。

イジメを学校や教育委員会の責任にしたら、学校や教育委員会がイジメを隠蔽するのと同じである。

 

殺人・強盗は警察の責任。地震・台風は気象庁の責任。イジメ自殺は教育委員会の責任。そりゃ隠蔽しますわ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

虐待を減らすには、

虐待の発生を児童相談所の責任にするのはサカサマの大間違いである。

虐待の発見を児童相談所の手柄するしかない。

 

「親権」は、たかがフランス革命の200年しか歴史がない「子供の人権」なんかより、もっともっと歴史が古い。聖書にも載っている。孔子論語に書いている。イヤイヤもっと古い。ホモ・サピエンスがアフリカに住んでいた時代から親権はある。

 

古今東西、親と子の間に、そんなモノが見つかったことは一度もない。~少女A「佐世保女子高生バラバラ殺害事件」 - 在日琉球人の王政復古日記

 

中華皇帝でも、ローマ皇帝でも、日本の天皇でも、ナチスヒトラーでも、庶民の親権は完全否定できなかった。絶対権力者でも介入は難しかったのだ。

親権を潰して、家族を自由に解体できたのは、ロシアのスターリンカンボジアポルポトくらいである。それが素晴らしい社会だったのかどうかは言わなくてもいいだろう。

 

スターリンポルポトどころか、警察並みの権限もない児童相談所に、可能なことは限られる。

よって、解決策は、重ねて言うが、それはスターリンポルポトの危険性が内蔵されているが、

 

児童相談所に、虐待親の親権を凌駕する警察並みの暴力を与えるしかない。

 

ナタを振り回す「基地外」にして「電車内」の通り魔相手に、素手の車掌さんに何とかしろ、と要求するのが無茶なように、

親権を振り回す「基地外」にして「家庭内」の虐待親相手に、捜査権も逮捕権もない児童相談所に何とかしろ、と要求するのは無茶なのだ。

 

ナタを振り回す「基地外」にして「電車内」の通り魔相手には、警棒や拳銃を持った鉄道警察隊が必要なように、

親権を振り回す「基地外」にして「家庭内」の虐待親相手には、捜査権と逮捕権を持った、海上保安官ならぬ、鉄道公安官ならぬ、麻薬取締官ならぬ、特別司法警察職員児童保安官」が必要なのだ。

 

そんなに突飛な話ではない。

厚労省には、労働問題に対する捜査権と逮捕権を持った特別司法警察職員・労働基準監督官がいる。拳銃は持てないが、手錠は携帯できる。

 

捜査権と逮捕権をを持ち、企業から労働者を守る、労働基準監督官がいるのなら、

捜査権と逮捕権をを持ち、虐待親から児童を守る、「児童保安官」がいてもいい。

 

または児童相談所を、警察の生活安全部に吸収統合する。

児童相談所の職員をホンモノの警官にする。

どちらかだ。

 

しかし、それらの政策は、親権の否定、相対化であり、事実上の「家族の解体」「国家による子供支配」を意味する。ハッキリ、共産主義であり、ファシズムである。

 

子供の命をファシズムでしか救えない。最低最悪である。

しかし、道は他にない。

 

学校のイジメ問題も、根本的には、同様の解決策しかない。

イジメを潰すにも、人権への侵害、ファシズムしかないのだ。 

 

家庭の児童虐待と学校のイジメ、両方に捜査権と逮捕権を持つ特別司法警察「児童保安官」を設立しよう。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

左翼な人権(児童相談所=刑務所=ファシズム=社会主義)VS右翼な親権(家父長制=児童虐待=保守主義)。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

イワン・カラマーゾフVS大審問官~19世紀ロシアからの問題提起は21世紀日本でも何も解決されていない。 - 在日琉球人の王政復古日記

  

「古き良き家族」を破壊したのは、日教組ではなく、経団連である~昔の家族は生活の場ではなく、生産現場だった。 - 在日琉球人の王政復古日記