オトコの趣味にはいろんなモノがあるが、「鉄道」こそは、完全無欠、天下無敵、純粋無比、そして最低最悪(笑)の「趣味の王者」である。
オトコには、《鉄》以上(かつ以下)の趣味はない。
「列車を撮るのに邪魔」 線路の柵100本を抜いた疑い (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
2015年10月02日
福島県白河市のJR東北線白河―久田野駅間で6月、上下線の線路の間に設置された安全柵の鉄の棒約100本が抜かれロープが切られていた事件で、白河署は1日、京都市の男子大学生(18)を器物損壊容疑で逮捕し2日に発表した。大学生は当時、列車の撮影目的で現場を訪れており、「列車をきれいに撮るのに(棒とロープが)邪魔だった」と容疑を認めているという。
18歳の大学生ともなれば、受験の苦悩も仕事の辛さもない。
そして性欲ギンギン全開の季節でもある。
《鉄》は、その貴重な時間を、鉄道の写真につぎ込む。
彼の場合は、人生までつぎ込んだ。
オトコは、基本的に、オンナ=セックスが大好きだ。
オトコは人生において「オンナ=セックスに関する様々なモノゴト」に多大なエネルギーと時間を消費する。
エロマンガでオナニーし、AVポルノを借り、合コンに参加し、女受けするファッションを勉強し、デートに誘い、食事をおごり、風俗に金を使い、女性アイドルを応援し、オトコのエネルギーと時間の大半は、オンナ=セックスで消費される。
オトコには、オンナ=セックスが関連するから、という理由だけで、目的のためのたんなんる手段、好きでもないのに無理してやってることがかなり多い。オンナ=セックスのからむモノゴトは、オトコにとって純粋に本当に好きでやってる本当の趣味とは言えないモノが多い。
しかし「鉄道」は、オンナ=セックスに関わる要素がほぼゼロだ。つまりオンナ=セックスに無関係にやってるわけで、その事象や行為、「鉄道」が純粋に本当に好きなのだ。
《鉄》は、オンナ=セックスに無関係なので、性欲とも無関係である。つまり年齢に制限がないということだ。
趣味には大雑把に適応年齢がある。
少年の趣味、青年の趣味、成人の趣味、老年の趣味。
たとえば、アイドルファンは青年の趣味だ。AKB48を追っかけてる70歳の老人はほとんどいないだろう。また幼稚園児や小学1年生でAKB48オタというもの少数派だと思われる。
たとえば、書画骨董は成人や老年の趣味だ。掛け軸や伊万里に狂ってる中学生のガキはまずいない。
しかし《鉄》に年齢制限はない。
5歳のガキがホームに入ってくる電車に目を輝かせてもおかしくないし、
女性に夢中になるはずの年齢の青年が、鉄道のわけのわからない部品に可処分所得の大半を費やしても、性的不能者とは疑われないし、
初老の紳士が、バカ高いライカや旧式ニコンで蒸気機関車の写真を撮影してても、認知症とは言われない。
趣味は大雑把にインドア系とアウトドア系に分かれる。
切手収集はインドア系だ。「切手のアウトドア系」はちょっと思いつかない。
バードウォッチングはアウトドア系だ。「インドア系バードウォッチング」というのはあんまりない。
しかし鉄道は、Nゲージを作るインドア系もあり、撮り鉄・乗り鉄のようなアウトドア系もある。
趣味は大雑把にコレクション型とアトラクション参加型に分かれる。
《鉄》には、コレクションもあるし、アトラクションも両方ある。
幼稚園児から死に掛けの老人まで、オトコなら誰がやってもおかしくない。
インドアに籠もってもやれるし、アウトドアで飛び回ってもやれる。
コレクションも重要だし、アトラクション参加もある。
そして、オンナに持てる要素ゼロ。不純な要素はない。
つまりはオトコのホンキの趣味なのだ。
「年齢制限がない」ということは「趣味からの卒業」がないということだ。
《鉄》は、途中で目を覚まさない限り(笑)、死ぬまで《鉄》だ。
卒業がない。終わりがない。冷静に考えたらこんな恐ろしいものはない(笑)。
そもそも趣味とは、余暇がなければできない。自由がなければできない。
村人全員参加の盆踊りや豊年祭りは趣味ではない。共同作業だ。
隣近所の誰にも理解されないが、切手が好きだから集めてる、これが趣味である。
家族や地域共同体とは共有しない、自分だけの時間、自分だけの興味が許されないと成立しない。それは歴史が「近代」にならないと、生まれてこない現象だ。
そして、単体で自給自足していたムラとムラを強引に引っ付け、ヒトやモノや情報を流通させることになる、人力を超えたネットワークの最初の産物である、「鉄道」こそが「近代」の象徴なのだ。
「近代」の誕生によって可能となる趣味と、「近代」の象徴である鉄道、この二つはほぼ同時に生まれたんだと思う。だから相性が良いわけだ。
ところで、オトコの《鉄》に匹敵する、オンナの趣味があるだろうか?
おそらくは、《ヅカ》だ(笑)。
《ヅカ》にも卒業はない。
10代少女の《ヅカ》がいても当然だし、
30代独身キャリアウーマンの《ヅカ》も普通にいるだろうし、
既婚の中年女性の《ヅカ》だって全然おかしくはないし、
いったい何期生から観てるんだ?と思わせる、白髪のお婆ちゃんの《ヅカ》だってなくはない。
関西には、お祖母さん・お母さん・孫娘、三代に渡って《ヅカ》、てな猛者の家系だってあるのだ。
《ヅカ》は、《鉄》と異なり、恋愛などセックスに関わる要素が濃厚にあるが、「男装する女」という倒錯によって、実際のオトコを排除して成立する。つまり《ヅカ》という趣味を極めても、現実のオトコには何の縁も生まれない。
そして歴史は100年を超える。
天下無敵のジャニーズも半世紀遅れている。
互角に対抗できるのは歌舞伎くらいだろうが、海老蔵を追っかける女子中学生はなかなかいないだろう。
オンナにとっての《鉄》な趣味である宝塚歌劇が、阪急という鉄道会社によって創設された、というのはいくらなんでも出来すぎな暗合である(笑)。
趣味は、別れの日が来るからこそ、卒業するからこそ、思い出に変わる。
卒業のない《鉄》と《ヅカ》に青春は無い。永遠に現役である。ヤツラは不老不死である。つまり人間ではない(笑)。
私は《鉄》と《ヅカ》にだけは逆らわないことにしている。
上品で軟弱な大阪~文楽人形浄瑠璃~宝塚歌劇~「またも負けたか八連隊」~大阪VS沖縄琉球 #土人 - 在日琉球人の王政復古日記