在日琉球人の王政復古日記

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の続き。

 

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A.自由主義(ネオリベ)≒資本主義。
B.アンチ・コンサバ≒反右翼。戦前日本、靖国神社が嫌い。
C.社民主義(ソシアル)≒左翼。
D.アンチ・ネオリベ≒反資本主義。アメリカ、ホリエモンが嫌い。
E.保守主義(コンサバ)≒右翼。
F.アンチ・ソシアル≒反左翼。朝日新聞が嫌い。 

 

松任谷由実(点A)だって、生まれ育ちの東京を愛している。東京を歌う。

 


Arai Yumi- 中央フリーウェイ

 

しかしみんながみんな故郷を愛するわけではない。

反対に故郷への憎悪を歌うアンチ・コンサバ(点B)な歌手も少数ながらいる。

 


満島ひかり ファイト

1983年 

薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき 

 

中島みゆきはアンチ・ネオリベ(点D)かつアンチ・コンサバ(点B)ゆえに、根っこはソシアル(点C)から動かない。

 

中島みゆきは故郷への憎悪を歌にするだけまだマシで、もっと進むと、矢沢永吉のように故郷を歌わない。完全無視である。

 

※注記※ 下記はファンからものすごく誤解されそうだが、私は矢沢永吉を非常に重要なミュージシャンだと思ってます。

 

門外漢だから詳しくないが、矢沢永吉には故郷を歌った歌は1曲もないようと思う。父や母、家族を歌った歌もないのではないか。YAZAWAファンの方にご教授願いたい。

 

長渕剛とはサカサマに、アメリカ資本主義=ネオリベ(点A)への憧れが強く、デビュー前にすでに「成り上がり」、その後一貫してネオリベ(点A)を一ミリも動かない矢沢永吉。 

 

生まれ育ちはジョニー大倉的意味合い(説明省略。各自検索)において間違いなくソシアル(点C)だったが、

 

《アナキズム映画列伝》東映「総長の首」(1979年)~ジョニー大倉カンフー!菅原文太ギロチン社!岸田森全裸!黄門様ガラス食い!白塗り東京音頭! - 在日琉球人の王政復古日記

 

その生まれ育ち=ジョニー的要素=ソシアル(点C)への自己嫌悪が激しいのだろう。

そしてジョニー的意味合いにおいて、コンサバ(点E)への道は向こうから拒絶されている。

ソシアル(点C)はこっちから拒否、コンサバ(点E)は向こうから拒否、矢沢永吉の生きる場所はネオリベ(点A)しかない。

 

矢沢永吉(点A)とジョニー大倉(点C)も政治思想的に絶縁するしかなかった。

 

個人的に音楽全般が苦手、ということもあるんだが、長い間、矢沢永吉については名前しか知らなかった。
ある時、テレビで彼のインタビューが流れてた。「何だ、この人?」とビックリした。

 

喋り方が軽薄なのだ。まるでチンピラである。←(注)誉めてます。ホント。
内容も軽薄だった。まるで10代の小僧である。←(注)誉めてます。ホント。

 

自分の事、自分の音楽しか語らない。話に他人が全く出てこない。

もちろんコンサートでは他人や家族や社会や政治を語っているかもしれないが、少なくともテレビではなかった。

 

人間、ある程度、年齢を重ねたら、自分以外の「外部」を語りたくなる、語ってしまうものだ。
この私も典型例だが(笑)、自分以外の、政治だの、歴史だの、宗教だの、外部を語りたい。だから外部を勉強する。他人の言葉をマネする。それはある種の「弱さ」なのだ。自分だけで勝負できないのである。

  

桑田佳祐なんかは「ラブ&ピース」を歌う。ラブもピースも他者との関係性だ。他者への依存だ。

長渕剛なんかは「ニッポン!」とシャウトする。所属がないと自分が肯定されない。丸裸の弱虫なのである。

松任谷由実だって「中央フリーウェイ」というインフラと高級車(と買えるカネ)が必要だ。

中島みゆきだって「わかれ歌」には別れる相手が必要だ。

他のミュージシャンも他者との関係を歌ってるのは同じ。
しかし、YAZAWAは「ラブ&ピース」も「ニッポン!」も唄わない。
まあ「ニッポン!」と歌わないのは、「ジョニー」的要素もあるだろうが(謎)、元からそっち方面に興味が無いんだと思う。

 

YAZAWAだってラブソングを歌ってるんだろうが、その歌はファンの実生活の恋愛に直接刺さるような、泣いてしまうような、リアルなものではない、じゃなかろうか?
おそらく、カッコイイのだ。曲も歌詞もドロ臭い実生活の恋愛からは遠いフィクションだろう。

 


矢沢永吉 コーラCM フルバージョン.wmv

  

師匠も弟子もいない。先輩も後輩もいない。
仲間もいない。「バンド仲間」という言い方もあるが、YAZAWAにとってバンドも仲間ではない。
彼のバンドは「カネは出すから、キッチリ演奏してね」というビジネスパートナーだろう。悪く言えばコンビニ店長とバイトの関係である(笑)。

 

YAZAWAに他者(バンド仲間も、ラブソングの相手すら)はまったく不要。
しかも葛藤、努力、克己、修行の果てにそうなったのではない。少年時代から、そのまんま、他人や社会に興味が無いのだろう。意識して修行を積んでいないから自然なのだ。
喋り方が軽薄=飾りが無い=外部からパクった知識じゃない=ホンモノなのだ。

 

外部が無くても平気。恐ろしく「強い人」である。
マザーテレサより日蓮親鸞よりモノスゴイ。宗教には自分以外、神や仏を必要とするが、YAZAWAは神も仏も要らない。「オレ」だけ。

生前解脱者というべきか。ニーチェの超人というべきか。何なんだ、この人!

 

矢沢永吉。恐るべき超人だとホンキで敬服している。歌は政治的じゃないから興味ないけど。

 

個人的関心としては、死ぬまでそのストイックな姿勢を貫くかどうか? 

彼だって生身の人間であり、老いてくれば弱くなる。過去を、故郷を、広島時代を、父や母を、振り返ることがあるのか? カミングアウトする瞬間は来るのか?

 

個人的希望で言わせてもらえれば、カミングアウトは聞きたくない。

「懺悔せよ」「告白せよ」「悔い改めよ」「振り返れ」「思い出せ」と人間に弱みを吐き出させて、それをエサにして肥え太る「神」という名の高利貸しの鼻を明かしてほしい。

 

A.自由主義(ネオリベ):松任谷由実矢沢永吉
C.社民主義(ソシアル):中島みゆき桑田佳祐忌野清志郎ジョニー大倉
E.保守主義(コンサバ):長渕剛武田鉄矢松山千春湘南乃風

 

超人は超人のまま、最後までYAZAWAであって欲しい。曲は聴かないけど。

 

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