在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

《クリスマス映画列伝》 #クリスマス・キャロル ~サンタを否定する福音派~カルヴァンVSアルミニウス。


映画「 クリスマス・キャロル」 予告

 

メリー・クリスマス(^^)! 

GoToトラベル一時停止でサンタさんも大変だ。

 

「サンタなんていない!」と叫んだ男、教会で逮捕 | 女性自身

2018/12/10
テキサス州クリーバーン市の教会で8日、「サンタなんていないんだよ!」と叫んだ男が逮捕された。
このとき、教会では「サンタと朝食を」というイベントを開催していた。そこに、アーロン・アーバンスキ(31)という名の男が押し入り、サンタクロースと楽しく朝食を摂っていた子ども達に対して冒頭の暴言を吐いたという。
通報により警察が駆けつけて連れ出そうとしたが、アーバンスキは居座りを決め込み、退去命令を複数回に渡り無視したため不法侵入で逮捕された。

  

「サンタは存在しない」発言で指揮者クビに イタリア 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

2017年1月1日
【1月1日 AFP】昨年末にイタリアで子ども向けコンサートに出演したオーケストラの指揮者が、サンタクロースの存在を否定する発言をして解雇されたことが、12月31日の報道などで明らかになった。
 コンサートは29日夜にローマ(Roma)で開かれ、オーケストラが米ディズニー(Disney)のアニメ映画『アナと雪の女王(Frozen)』の音楽を演奏した。演奏が終わると指揮者のジャコモ・ロプリエーノ(Giacomo Loprieno)氏は立ち上がり、客席の子どもたちに「サンタクロースは存在しない」と発言した。
 この発言に対し、がくぜんとした付き添いの親たちは、ソーシャルメディアで怒りをあらわにした。コンサートを主催したディメンシオーネ・イベンティ・トリノ(Dimensione Eventi Torino)のフェイスブックFacebook)には、「あの夜の出来事はひどかった。この『紳士(ロプリエーノ氏)』がクビになることを希望する。彼に拍手喝采した自分が腹立たしい」などの書き込みがあった。
 ロプリエーノ氏はその後解任され、別の指揮者が就任した。新たな指揮者のフェイスブックには、サンタと楽しそうに並んでいる画像が掲載された。(c)AFP 

  

上の2つは、イスラムでもなさそうなんで、おそらくは、サンタ否定=クリスマス否定=キリスト教否定=無神論者なんだろう。

 

しかし、サンタ否定なのは、キリスト教否定の無神論者だけとは限らない。

 

「サンタなんていない」牧師が子供たちに説教⇒親が激怒(動画) | ハフポスト

2016年12月14日
サンタは偽物だ
ロン・ハワード監督の映画「グリンチ」では、クリスマスが嫌いな主人公がいたずらを仕掛けるが、これはそのリアル版なのか。
福音派牧師のデイビッド・グリシャムは、テキサス州アマリロのウェストゲートモールで、子供たちに「クリスマスの主役はイエスキリストだ」と説教する様子を自分で動画撮影し、12月10日、自分のFacebookに投稿した。
子供たち、今日は言いたいことがある。サンタクロースなんていない」。モールのクリスマスイベントでサンタクロースと会えることを楽しみにしながら列を作っていた子供たちと親の長い列に向かって、グリシャムは歩きながら叫んだ。
「今日会う男は、サンタの衣装を着たただの男だ。サンタは存在しない」とグリシャムは言い続けた。「サンタは偽物だ。そして親のみなさん、子供たちにサンタがいると嘘をつくのはやめなさい
グリシャムの行動は親たちの怒りに火をつけた。彼はサンタに会うためにワクワクしながら並んでいる子供たちに、サンタクロースは偽物だとばらしたからだ。
まるで小説『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージのような彼は、子供たちに「サンタは偽物だ」と言い続け、親たちと対決することになった。
列にいたほとんどの人は彼に背を向けていたが、ついに数人の親が彼に立ち向かった。
子供たちを連れてきてるんだ。ここに来てくだらないことを言わないでくれ」と、怒った男性の父親がグレシャムに言った。
グリシャムの主張によると、一人の親に手を触れられる「暴行」を受けた。

 

プロテスタント牧師がサンタを否定する。

彼は「クリスマスの主役はイエスキリストだ」と言ってるわけで無神論者ではない。なぜクリスチャンがサンタを否定するのか?

可能性は2つある。

一つは、あまりに商業化されてしまい、キリスト教の聖性を失ったビジネス・クリスマスへの批判。

もう一つは、サンタクロースなんて聖書に載ってない、キリスト教の外部からやって来た異教の習俗であってキリスト教への汚染である、という反発。

記事にはちゃんと「福音派」と書いてある。

初期のプロテスタントは、今のイスラムと同じで、偶像崇拝を否定して、イエスを描いたイコンや聖母マリア像を破壊していたのだ。福音派にはご先祖の血が流れている。

 

というわけで、キリスト教と言ってもイロイロあるし、信仰深くなると、逆に伝統習俗を破壊する場合もあるわけだ。

 

過去に、「素晴らしき哉、人生!」(1946年)、「三十四丁目の奇蹟」(1947年)、「ラブ・アクチュアリー」(2003年)、とクリスマス映画を3本ご紹介したが、

 

《クリスマス映画列伝》蒙御免~共和党部屋「素晴らしき哉、人生!」(1946年)VS民主党部屋「三十四丁目の奇蹟」(1947年) - 在日琉球人の王政復古日記

  

《911映画列伝》《クリスマス映画列伝》「ラブ・アクチュアリー」(2003年)~アルカイダ&ブッシュ&ブレア批判。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

残りでこれが外せないというのが「クリスマス・キャロル」。

実写、アニメ、過去に何回も映画化され、「スクルージ」という題名の場合もある。

観やすい作品を観ていただければいいが、出来るなら、原作に忠実な古い年代の方が良いかもしれない。

 

その前に、このニュースに、私は神の実在を実感しそうになった。

 

ホリエモン「達成感、中毒性がある」演劇にぞっこん - 芸能 : 日刊スポーツ

2018年12月12日
実業家の堀江貴文氏(46)が12日、東京・台東区東京キネマ倶楽部で、主演、プロデュースするミュージカル「クリスマス・キャロル」(16日まで)の初日公開稽古を行った。
10年に上演した舞台の再演。堀江氏は演劇の魅力について「IT企業にはゴールがスタート。ウェブサイトを作って、バグ、メンテナンスと終わりがない。でも、ミュージカルは必ず千秋楽が来て達成感がある。実際やってみて、中毒性があると分かった」と語った。
(略)

 

ホリエモンクリスマス・キャロル。これほどドンピシャな取り合わせもない。

クリスマス・キャロル」とは、ホリエモン的人間の魂の再生「ボーン・アゲイン」の物語なのである。

 


クリスマス・キャロル (字幕版)

 

主人公スクルージはロンドンに住む守銭奴の金持ち老人。

凍り付くような寒さのクリスマスイブ。

当時は現在よりも寒冷期だったので、テムズ川が凍結したくらいだ。

 

21世紀北京ソウル微細粉塵~1952年ロンドン・スモッグ~1858年大悪臭~環境汚染が共産党を産んだ。逆ではない(笑)。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

その真冬のロンドンで、石炭をケチり、使用人のクラチットを薄給でこき使い、甥のフレッドからメリークリスマスと挨拶されても「何がめでたい?」と悪態をつき、慈善団体の募金願いも「貧乏人が餓死すれば、余分な人口が減る」と拒否する。

 

ヨーロッパで守銭奴で金持ちでクリスマスを嫌う、となれば、ユダヤ人を想像させる。

原作者ディケンズの別小説には強欲なユダヤ人が登場するから「スクルージユダヤ人」説もなくはないが、甥のフレッドはスクルージをクリスマス・ディナーに誘ってるわけで当然キリスト教徒、となれば血縁の伯父スクルージキリスト教徒だろう。

 

別に、ヨーロッパではユダヤ人だけがケチ、というわけではない。

こういうエスニック・ジョークがある。

『銅線は、2人のスコットランド人が1ペニー銅貨の取り合いになって引っ張り合って生れた。』

また英語の表現でこういうのもある。

『go Dutch(オランダ方式でやる)=割り勘にする』

つまり、イギリス≒イングランド人にとって、北に住むスコットランド人も、南に住むオランダ人も、「ケチな連中」「守銭奴」という認識がある。

 

スコットランドとオランダに共通するものは?宗教である。

どっちもプロテスタントカルヴァン主義である長老派、改革派だ。

対して、イングランド英国国教会聖公会が多数派である。

 

カルヴァン主義は、ガチガチの聖書中心主義であり、神の愛より神の裁きであり、冷徹な予定説を取り、自己を研鑽し、怠惰を悪とし、勤勉を重んじる。マックス・ウェーバーが資本主義の精神と称した宗派だ。

対して、聖公会プロテスタントの中でもっともカトリックに近い。半分カトリックみたいなもんだ。

イングランド聖公会から見れば、スコットランド長老派や、オランダ改革派は、仕事の虫で、偏屈で、とにかくケチに見えるわけだ。

逆に、スコットランド長老派、オランダ改革派からは、イングランド聖公会は、カトリックと変わらない、派手で享楽的な浪費家に見えるわけだ。

 

スクルージカルヴァン主義のスコットランド長老派であり、フレッドは聖公会または聖公会の分派メソジストかも知れない。

メソジストはカルヴァン主義に対抗するアルミニウス主義。神の裁きより神の愛、人間の自由意思を尊重し、弱者救済などの社会福祉にも熱心だ。

スクルージの使用人クラチットは貧乏人の子沢山。ひょっとしたらカトリックアイルランド人かも知れない。

 

キリスト教最大勢力のカトリック、およびプロテスタントでもアルミニウス主義は、持てる者が持たざる者を救済する。
富者が貧者に対して「喜捨」の精神で施しを与える。貧者に施しを与える行為こそが、神の恩寵である。

貧者がいるからこそ神の恵みが顕現する。つまり貧者の存在こそが神の愛の条件である。逆に言えば、カトリックでは、神を讃えるために、常に貧者の存在を必要とする、とも言える。


プロテスタントカルヴァン主義は、天は自ら助くる者を助く。
勤勉こそが信仰だ。神を信じるならば努力できるはずで、自力で富者になれるはずだ。それでも貧困なのは、神を信じていない、神から愛されていない証明になってしまう。つまり貧者の存在は神の裁き・怒りの証明、人間の不信心と罪の証明なのである。神の栄光を讃えるためには、貧者は存在してはいけない邪魔なのだ。

 

クリスマス・キャロルは、天は自ら助くる者(のみ)を助く、貧乏は怠け者の自己責任、とする自助のカルヴァン主義者スクルージが、神は万人を救い給う、汝も隣人を愛せよ、弱者救済のアルミニウス的博愛主義者に、一夜にして回心(ボーン・アゲイン)する物語である。