在日琉球人の王政復古日記

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イッセー尾形@昭和天皇、桃井かおり@香淳皇后、アレクサンドル・ソクーロフ監督映画「太陽」VS「日本のいちばん長い日」。

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また、原田監督は、アレクサンドル・ソクーロフ監督作『太陽』(05)でイッセー尾形が演じた天皇について「不愉快な昭和天皇像だった」と言い、さらに、ハーバート・ビックスの著書「昭和天皇」についても「昭和天皇の話が歪められていて、事実とは違っている。真実よりもイデオロギー的なものを先行させるのには怒りを覚える」と嫌悪感を露わにし「僕はそういうものを是正していきたいと思った」と力強く語った。

 

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 半藤の傑作ノンフィクションを映画化した本作は、戦争終結のために命をかけて戦った人々を描き出した歴史大作。かつてロシアの巨匠アレクサンドル・ソクーロフ監督が『太陽』(2006)で昭和天皇を描いたことがあったが、日本映画として昭和天皇を真正面から描いた作品は本作が初となる。

 「今から48年前、岡本喜八監督が映画『日本のいちばん長い日』を作ったときは、昭和天皇を出すことはできず、先代の松本幸四郎さんの後ろ姿を映すことしかできなった」と切り出した半藤は、「でも今回は昭和天皇がそのまま出てきた。これで終戦についてある程度わかるんじゃないかと思う。時代はそれくらい変わったんだなと痛感しております。原田監督には本当に感謝しています」と謝辞を送る。

 

以下ネタバレご注意。

 

ロシア人が描く昭和天皇

 

天皇、しかもよりにもよって、ロシア人(笑)。

 

題材が題材だけに、当時は日本公開は不可能だろう、とか言われたが、あんまりトラブらずに普通に公開された。DVDも出てる。

 

まず最初に白状すると、私は、芸術映画というヤツがまったく苦手(恥)。

「美」に対するセンサーが標準より劣ってるので、芸術はまったく解りません。だから、このロシア人監督が表現したかったこともほとんど理解できてないと思う。

 

ところどころの非現実的・幻想的な描写は面白かった。 

翼を持った魚が小魚をばら撒いて東京を空襲するシーン。

米兵たちが天皇を写真撮影する庭になぜか一羽の鶴が歩いているシーン。

 

逆にいうと、こういうファンタジーな描写で映画全体をまとめてもらった方がスッキリしたように思う。
御前会議の内閣や陸海軍の首脳なんかは、人間の役者を使わなくてもいいんじゃないか。声だけで姿はまったく映らないとか、全員マネキン人形とか(笑)、そこまでゲージュツしてもらったほうがゲージュツオンチには解りやすい・・・やっぱセンス無いですね(笑)。

 

いきなり上と正反対のことを言うようだが(笑)、日本調の部屋とか和服とかそういうジャパネスクな異国情緒的映像がほとんど無く、洋風建物にタキシード、すべてが西洋風だったのは、禁欲的で良かった。
まあ、ゲイシャ、フジヤマ、サムサイ、ハラキリ的なJAPANを全面に出した方が海外では受けたんじゃないかと思うが。
ただ、東京の廃墟が「木でできた街の廃墟」ではなく「石でできた都市の廃墟」なんだな。焼け野原がどう見ても「東京」ではなくて「ベルリン」なんだなあ(笑)。そこがロシア人なのかな。

 

イッセー尾形は(口をモゴモゴさせるみたいな、形態模写のやりすぎで賛否両論はありそうだが)個人的には上手かったと思う。

「はい、チョコレートはおしまい」なんてセリフは他の役者だと難しい(笑)。

 

ただ他の登場人物が、日本人もアメリカ人もそろいもそろって、発言や行動がチャランポランでだらしなさ過ぎる。

 

侍従長役の佐野史郎は非常に好きな役者さんですが、世界最長のアジア系王朝の宮廷官僚トップたる侍従長が、何かあるたびにあんなにオタオタ動揺するのは絶対変。どんなアクシデントが起ころうが、冷静沈着または冷酷非情に、天皇を守り切り、天皇をコントロールするのが侍従長でしょう。 まあ佐野侍従長はまだマシで、天皇付きの老侍従は輪をかけてヒドイ。あんなマナーのなってない落ち着きの無い無能な執事はクビでしょう。

 

しかも彼ら侍従たちは天皇の身辺を守らない。天皇が、粗野なアメリカ兵に囲まれるシーンやマッカーサー元帥と会見するシーンで、誰も天皇をガードしない。ただ遠くから見てるだけ。天皇を独りぼっちにさせて平気。そんなセキュリティ欠如は、世界のどこのVIPの側近でもありえない。 

それから、当時のアジアでも最もセレブな生活していたはずの日本の宮中の人間が、チョコレートを知らないなんて事はまたありえないでしょう。

 

アメリカ軍もありえないほど馬鹿っぽい田舎者ばっかり。 

天皇に接近するような任務の兵士は、厳正に訓練を受け選抜された連中に決まってる。もし質の悪い兵隊が天皇に対してなにか事故をおこしたら、占領政策が根幹から吹っ飛ぶんだから。

 

昭和天皇と対峙するマッカーサー元帥がまたカリスマ性のカケラもない。実務的なアメリカ軍将官の中でも、異彩を放つほど「貴族的」と言われ、実際に昭和天皇を現人神の座から引きずり下ろす「天皇より上座にいる男」マッカーサー上皇》の怪物ぶりがまったく感じられない。

 

そしてアメリカ軍の日系通訳がありえない。いくら日系でも、アメリカ軍人(当然アメリカ市民)が、マッカーサーを裏切って、昭和天皇に忠節を尽くすなんてことは、政治的にも軍事的にもありえない。

 

どうもこのロシア人監督の「アメリカ観」は納得できない。 

アメリカ軍を観光客かなんかと間違えてるのではないか(笑)? 

 

まあ、写実的なリアリズムの映画では無いんだから、ファンタジーでいいんだが。

とまあ、いろいろと不満を書いてきましたが、最後の最後に桃井かおり皇后の《視線一つ》で、完全にやられた。

 

桃井かおりは最後の10分くらいしか出てこないんですが、全部持っていきます。

ただの想像だけど、尾形天皇と桃井皇后のシーンは「アドリブ演技の一発撮り」ではないか? 

それくらい危なっかしいドライブ観があった。まるで舞台の二人芝居。

 

尾形天皇は桃井皇后に甘えて胸に顔を埋める。そして「人間宣言」をする決意を述べる。マッカーサー元帥が「現人神から人間に降りれば皇室の安泰を保障する」としたからだ。その決意を賛成する桃井皇后。

 

そしてラストシーン。

佐野侍従長登場。
尾形天皇「ところで私の人間宣言を録音した技師はどうしたかね?」
佐野侍従長「・・・自決いたしました」
尾形天皇「・・・もちろん、止めただろうね?」
佐野侍従長「いいえ」

 

そして桃井皇后のアップ。

ここで皇后は凄まじい形相で尾形天皇と佐野侍従長を睨む。
その黒い瞳は、「非難」「怒り」というよりも、「嫌悪」「軽蔑」だ。

まるで、薄汚い卑怯者、醜い虫けらを見た、かのような。

 

さて、ここで私の記憶が鈍っている(笑)。
桃井皇后は、佐野侍従長を睨んだのか?
それとも、尾形天皇を睨んだのか?

 

もし「桃井皇后は佐野侍従長を睨んだ」のなら、あんまり面白くない。

「やっと人間へ降りた夫に、まだ神の責任を負わせるのか?」

という部下=組織への不満。まあアリだけど平凡かなあ。

 

もし「桃井皇后は尾形天皇を睨んだ」のなら、これは凄まじい政治映画だと思う。

「わざわざ聞かなくても、この侍従長が自決を止めないことくらい、貴方には十分判ってらっしゃるくせに、、、人間に降りたら、トップとしての責任まで免れた、とでもお思いなのかしら?」

という、妻・皇后の、夫・天皇に対する軽蔑ならば、もう失禁モノのラストだ。

私としては、ウソでもこっちだと信じたい。

 

実は、まだどちらかを確かめていない。

もちろん、レンタルで確かめることはできるんだが、どうも確かめたくない気分がある(笑)。

小説「女か虎か?」ではないが、結末を描かないリドル・ストーリー的楽しみを持っていたい気持ちがある。

 

映画をご覧になった方、

最後の桃井皇后の視線は誰を見ていたのか? 

尾形天皇か? 佐野侍従長か? 女か? 虎か?

あなたの見た「太陽」をご教授いただければ幸いです。