在日琉球人の王政復古日記

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韓国映画「爆烈野球団(YMCA野球団/YMCA야구단)」~朝鮮にとって近代化とは何だったのか?

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韓国ネットユーザー「がっかり」 野球で日本との差を痛感 (聯合ニュース) - Yahoo!ニュース

野球の国際大会「プレミア12」で8日、韓国が1次ラウンドB組初戦で日本に0―5で完敗したことについて、韓国のインターネットユーザーから失望の声が相次いでいる。

 

そりゃ、戦前から高校野球プロ野球をやってきたイルボンに、全斗煥時代になってやっとプロ野球ができた程度の韓国が、簡単に勝てるわけがない。野球は質・量ともにイルボンの方が上だろう。

 

しかし、映画に関しては、戦前から100年の実績を誇る日本が、実質的に1990年代あたりから始まったような韓国に、下手したら、品質で逆転されてしまってないか(笑)?と、日本映画ファンとしては少々不安である。

 

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というわけで、野球映画、である。

 

私はマニアじゃないので、体系だって本数を見てるわけではないし、見逃してるのもあるだろうが、韓国の野球映画といえば、

 

まず、「恐怖の外人球団」1986年。

大昔の事なんで記憶はほとんどないが、ビデオではなく、オールナイトか、深夜のテレビで見たはず。出来は凄まじいショボさだった(笑)。低予算で技術も演出も演技もとても誉められたものじゃなかった。

これもマイナーでほとんど誰も知らないだろうが、実写版の東映ドカベン」やにっかつ「野球教の詩」とドッコイドッコイ、それ以下のレベル。

当時の韓国は、今とは比較にならないくらい貧しかったのがよく判る。

 

最近だと、「ミスターGO!」2013年。

ゴリラがプロ野球に入団して大暴れするという、CGバリバリの作品。

残念ながら、まだ見てないが、予告編を見る限り、この四半世紀で、韓国映画の技術は天地ほども違う。こと技術に関しては、日本と韓国にもう差はないだろう。

だって「恐怖の外人球団」じゃ、お笑いコントのように顔に黒く墨を塗っただけの一重まぶたのまるっきり東洋人が、黒人とのハーフ青年を演じていたのだ(笑)。

韓国も金持ちになったもんだ。

 

その間にあるのが、「爆烈野球団(YMCA野球団)」2002年。

主演は、おそらく、韓国で一番上手い俳優ソン・ガンホ

日本から伊武雅刀なども出演。

 

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過去何百年にも渡って積み重ねてきた「実績」が、突然、価値を失う。 
今まで見たことも聞いたことも無いモノが、突然、価値を持ち始める。
その時、人々はうまくパラダイムシフトできるか?

 

1905年、李氏朝鮮は、近代化の波と日本からの政治介入に押しまくられ、ついに科挙制度を廃止する。官僚を夢見て勉学に励んでいた主人公は、今までの積み重ねが一瞬でムダになる。主人公の父は隠居同然となり、兄は義兵闘争に身を投じる。 

彼が勉強してきたのは実学(数学だの経済学だの英語だの)ではない。儒学朱子学)である。

今の今まで、朱子学こそ朝鮮社会におけるワン・アンド・オンリーの学問だった。その朱子学はこれからの朝鮮社会において立身出世には何の役にも立たなくなったわけだ。 

人生の目標を失った失意の主人公が出会ったのが、キリスト教青年会YMCAで偶然見かけた美しい女性と、白人達がやっている「野球」という変な競技であった。

 

末期の李氏朝鮮に乗り込んできたのは、日本だけではない。欧米も乗り込んできた。キリスト教宣教の名目である。そもそも李朝鎖国体制への最初の侵略者は日本ではない。キリスト教だった。
時代が移り、日本の侵略攻勢が強まると、李朝の統治は麻痺し、朱子学の正統は失われ、禁教だったキリスト教もどっと入ってくる。それどころか、日本に抵抗する武器として、朝鮮の知識人の中には朱子学からキリスト教に乗り換える者が増えてくる。
日本とは比較にならないくらいキリスト教信者が多い韓国の現状の基盤が作られたのである。

 

(多少落第生気味ではあっても)朱子学で生きてきた主人公にとって、異邦の男性と野外で活動(スポーツ)する朝鮮女性は異様に映ったはずである。 

朝鮮において(だけではなく前近代ならどこでもそうだが)、女性が野外で身体を動かすなどという光景は、下賎な階級の女性の労働のみであり、高貴な女性が身体の線も露な服を着て、公衆の面前で外国人と娯楽に興じるなどということは、今まで無かったこと、あってはならないこと、である。


朱子学ならば、そんな女性は見るのも汚らわしい外道不倫の存在であろう。

しかし朱子学の権威は地に落ち、朝鮮にも新しい女性が生まれ始めていた。

ある意味、日本と西洋の朝鮮侵略が、朝鮮女性を「解放」したのである。

21世紀のイスラム文化圏では、まだまだ李朝レベル、いやそれより後退してる国がたくさんあるのだ。

 

ヒロインは主人公を誘ってYMCA野球団を結成する。

これがまた、今までの朝鮮社会ではありえないメンバーであった。科挙制度を受け損なった失業者、貧しい行商人、日本留学経験のあるインテリ、新興富裕階層の青年、没落した両班貴族、両班貴族の奴婢だった男、元軍人を名乗る正体不明の男、そしてキリスト教徒になった両班の娘であるヒロイン。
今までの朝鮮なら、共同作業どころか、会話を交わすことすらなかった面々である。それが一緒に野球をやるわけだ。
日本に留学しながら(いやそれゆえに)反日派となった青年と、日本との商売で時流に乗った親日派の成金との間には政治的確執があるし、奴婢だった男に今まで通り横柄な態度を取る両班と、もう奴婢じゃないんだ対等なんだと元主人に反発する元使用人の間の人間模様もある。
それぞれ安定していた過去がご破算になり、どうなるものやら解らない未来が始まったわけだ。

 

一番好きなシーンは、主人公の父親である老儒者がションボリしながら路面電車の乗ってる場面。

路面電車は、朱子学の「理」では動かない。西洋科学の「理」で動く。
路面電車こそ、老儒者の人生と学問と努力を御破算にした近代そのものなわけだ。

白い韓服に黒い冠をかぶった李氏朝鮮の象徴である「儒者」が、近代の象徴・日本侵略の象徴である「路面電車」で、歩くより楽ちんに目的地へ運ばれる。

運賃さえ払えば「路面電車」は平等だ。儒者」すら差別しない。「近代」というシステムの恐ろしさである。 

 

そして朝鮮は日本の統治下に入り、YMCA野球団の練習場が日本軍の駐屯地になる。それをきっかけにYMCA野球団と日本軍野球チームの対戦が始まる。

「YMCA野球団」という名称こそが、李氏朝鮮末期から日本統治時代の朝鮮近代を象徴するものだ。

「YMCA」とは朝鮮の朱子学体制を破壊する邪教キリスト教のことであり、

「野球」とは怨敵日本人の作った新しい漢語なのである。

それが朝鮮人ナショナリズムを鼓舞する(スポーツとしての、かつ、政治としての)運動になるのだ。 

ま、日本だって、「攘夷!」と叫んでいた連中が、権力を握った途端「鹿鳴館」でサルマネダンスを踊ったのだから、あんまり変わらないのだが(笑)。

 

韓国朝鮮、だけでなく、アジアにとって、近代化とは何だったのか?

を考える上でも面白い映画である。オススメしたい。