在日琉球人の王政復古日記

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Amazing Grace~日本独断「個別的自衛権」より、アメリカ主導「集団的自衛権」の方が、まだマシではないか?


Obama Sings 'Amazing Grace' During Pinckney Eulogy | msnbc

 

しかし、やっぱ黒人だな。

普通に喋ってるだけなのに、そのまんま「ソウル」であり「ブルース」だもんな。

 

【米黒人教会銃撃】オバマ氏が追悼式で「アメージング・グレース」独唱 南軍旗「抑圧を想記」 - 産経ニュース

 オバマ氏は弔辞の締めくくりに、奴隷貿易に携わった後、牧師に転身した英国人ジョン・ニュートン氏が作詞した賛美歌「アメージング・グレース」を壇上で厳かに独唱。参列者は一様に涙を浮かべ、唱和した。

 

オレだけの白人オンナを返せ!サウスカロライナの息子~150年経ってもアメリカ南北戦争は終わらない。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

日本の護憲派反戦派は、もう二度と戦争はイヤだと思っている。

なぜなら、戦後の日本人は、戦争の悲惨を経験し記録し記憶してきたからだ。

 

日本人が、「戦争」と言われて、まず最初に、戊辰戦争や関が原や応仁の乱赤壁の戦いカルタゴ戦争やスターリングラードを思い出すのは、よっぽど偏った趣味の持ち主である。

日本人にとって「戦争」とは、まず何をおいても、大東亜戦争支那事変+太平洋戦争)である。

 

日本人にとっての大東亜戦争とは何か? 

南京陥落で号外が出て、ちょうちん行列。すぐ終わるはずはずだったのに、どこまで行っても終わらず、そうこうしている内に近所の知り合いにも赤紙が来て、一人消え二人去り。

支那との戦争も終わってないのに、いや終わらないから、今度はアメリカと戦うことになったらしい。

最初は連戦連勝、イケイケドンドンだったが、じょじょ物資が無くなり、食料が配給となり、どんどん生活が苦しくなっていく。

ついに自分たちの頭上にアメリカの爆撃機がやってきて、家も街も火の海。お母さんは火ダルマになり、子供たちは飛び込んだ川で溺死である。

そのころ万歳三唱で送られたお兄さんたちは、フィリピン沖の輸送船で何が起こった判らないうちに魚雷一発で海の底。

輸送船を生き延びても、アメリカ軍の爆撃で死ぬのはまだ運が良いほうで、ガダルカナルのジャングルの中で補給ゼロ。コメどころか木の皮もカエルもイモムシも食い尽くして、飢餓とマラリア赤痢でのた打ち回って、皮と骨になって土に還っていった。

満州に送れられたお父さんたちは、ロシア軍の捕虜となり、零下30度の原野で毎日毎日が針葉樹林の伐採作業。黒く腐ったジャガイモがこの世の宝物で、一度雪の中に倒れ込んだら、凍傷だらけの疲れ切った肉体は二度と起き上がらなかった。

 

そんな戦争は二度とゴメンなのだ。

 

現在、安倍ちゃんが、アメリカとの集団的自衛権を推進しようとしている。

そこで護憲派はまた戦争だと恐れる。心の中で大東亜戦争の悪夢がよみがえる。気持ちが判る。判るんだが、

 

しかし、はたして大東亜戦争って「集団的自衛権」による戦争だったんだろうか?

 

たしかに日本は日独伊三国同盟を結んでいた。形式的には日本、ドイツ、イタリアの集団的自衛権の行使であった。しかし実際には、独伊は遠すぎて、共同作戦なんかほとんど無かった。日本は大東亜戦争ほとんど自力で戦ったわけで、事実上の日本の個別的自衛権だったのだ。

 

え?「侵略戦争」だったはずなのに大東亜戦争が「自衛権」? 

そう、大日本帝国の立場から言えば、大東亜戦争は「侵略」ではなく「自衛」だったのだ。太平洋戦争はハルノートからの「自衛」だし、支那事変も大陸の権益を守る「自衛」だった。日本の保守派の中にはそういう主張がある。

 

20世紀の大日本帝国が、支那大陸でやってた行為が、日本の立場から見て、「侵略」でなく、「自衛」だったんだから、

21世紀の中華人民共和国が、南シナ海でやってる行為だって、北京の立場から見て、「侵略」でなく、「自衛」なのである。

 

もちろん

支那南シナ海でやってることは、支那以外のどこの国も自衛とは認めていない。

日本が支那大陸でやってたことも、日本以外のどこの国も自衛とは認めなかった。

しかし、支那は自衛だと主張してるし、かつての日本も自衛と主張したのだ。

 

つまり「個別的自衛権」って、結構ヤバイのである(笑)。

なぜなら、1個の国が、1個の政府が、1個の政権が、つまり安倍ちゃんが(笑)、自分勝手に、手前勝手に、「自衛」と決めたら、「自衛」になってしまうからだ。

 

お母さんを焼き殺し、お兄さんが飢え死にし、お父さんが凍死した、あの大東亜戦争「個別的自衛権」の暴走の果てだったのである。

 

で、現時点でも日本政府は個別的自衛権を認めているし、集団的自衛権に反対する護憲派憲法学者個別的自衛権は認めている。

しかし個別的自衛権は、大日本帝国中華人民共和国がそうであるように、自分勝手にやろうと思えばできる。現時点でも安倍ちゃんは戦争ができるのである。

 

しかし集団的自衛権は、戦争を判断する主体が1個ではない。

仮に安倍ちゃんがトチ狂っても、オバマがダメ!と叱るし、

逆に、アメリカが暴走しても、日本が勘弁してくださいと泣き付くことはできる(許してもらえるかどうかは別にして)。

集団的自衛権は参加する複数国の合意があって初めて可能なわけだ。それだけ行動に対して複数のストッパーがあるわけだ。

 

もっと言えば、日本にとって集団自衛権とは、ぶっちゃけとことんアメリカに付いて行くということだ。これが何を意味するかといえば、とにかく何があろうと「日本は、他のどこの国と戦おうとも、アメリカを敵に回した戦争だけはしない」ということだ。

アメリカとの集団的自衛権とは「アメリカを敵に回してしまった大東亜戦争みたいな戦争だけは二度と起こさない」ということだ。

つまり、次の日本の戦争は、少なくとも、日本の街が無差別空襲される可能性や、日本の兵士が飢え死にする可能性が、前回の大東亜戦争よりはかなり低いことが期待できる。

 

日本の場合、集団的自衛権が個別的自衛権より危険だといえるのだろうか?

 

その男の価値は、友人を見れば判る。誰を友人と呼ぶか、どんなヤツに友人と呼ばれるかで決まる。

個人的には、

百田尚樹さんみたいな人間を友人にしてる首相が決断する「個別的自衛権」より、

即興でアメイジングレイスを唄うオバマが決断する「集団的自衛権」の方が、

同じ戦争でも、まだマトモだし、まだマシなのではないか?

 

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