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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

ハロウィン、ヤンキー成人式の倫理とリオのカーニバル大散財主義の精神~どうせ人間はいつか死ぬ。

おこがましくも、マックス・ウエーバーに対抗して(笑)。

 

シブヤのハロウィン。

https://i.ytimg.com/vi/NR2Yz3x9EJY/maxresdefault.jpg

 

北九州の成人式。

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まだまだ。ライバルは、リオのカーニバルだ。 

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全文表示 | ハロウィン市場1220億円、バレンタイン超え 日本独自のイベントに海外からも評価 : J-CASTニュース

お化けカボチャや魔女のハット――。 町がハロウィンをイメージした色鮮やかな装飾に彩られるなか、商戦が熱を帯びてきた。
日本記念日協会・記念日文化研究所によると、2015年のハロウィンの市場規模(推計)は前年比11%増の約1220億円。14年のバレンタインデー市場(約1080億円)を上回り、11年の560億円からわずか4年で倍増した。

   一般にハロウィンは、子どもたちが仮装して「Trick or Treat」と近所を回って、菓子をもらうイベントとされていた。ところが、最近の日本のハロウィンは欧米とは異なり、宗教的な祭事色や子どものイベントではなく、若者や家族、地域などが主体的にかかわっている、日本独特のイベントに様変わりしているようなのだ。

 

我々の資本主義というのは「永遠の自転車操業」である。止まったら死ぬ。

 

資本主義社会は、日々「進歩・拡大」することでやっと「現状維持」であり、「現状維持」は「衰退」を意味する。

まあこんなもんでいい、十分満足だ、という安定は永遠にない。

24時間365日、世界中で、実際に生産に使う量の何十倍ものマネーが飛び交ってるが、これが減少すれば資本主義は危機に陥り、止まったら資本主義は死ぬ。

 

こんな、進歩・拡大が当たり前の大前提で安定が死を意味するシステムなんて、前近代の文明にはない。

こんな狂ったシステムは有限でしかない地球を考えれば、どっかの時点でアウトである(笑)。だからこそ、人類生き残りを賭けて、宇宙空間やサイバースペースに増殖の道を探してるわけだ。

空間的にも「進歩・拡大」だが、時間的にも「無限・永遠」を大前提としている。
つまり資本主義は老いることや死ぬことを勘定に入れてない。それはホモ・サピエンスには生物学的に不可能だから、「法人」という不死の怪物を生み出した。

 

ま、それはともかく、資本主義は生き続け進歩し続けるには投資を必要とする。投資には資本を必要とする。つまりおカネだ。しかもその投資は終わりがない。永遠に続く。さらに永遠に拡大する。よっておカネは、永遠に蓄財され続けなければ、すぐに足りなくなる。
つまりおカネは永遠に増え続ける投資に使用するものであって、他の用途に使うことは必要最小限でなければならない。よって投資になってないつまりムダ遣い、無意味な「散財」は許されない。

 

というより、話はサカサマで、ムダ遣いしない、永遠に蓄財して永年に投資することに耐えられる人間たちが資本主義を「発明」したとも言える。
それがヨーロッパ北部のイギリスやオランダ、主にアングロサクソンたちであり、彼らの信仰がプロテスタントであったわけだ。そのプロテスタントの信仰の中に、倹約・節制・蓄財の資本主義精神を見出した学者もいた。

 

対して、カトリックが優勢なヨーロッパの南側のイタリアやスペインは、ローマ帝国ルネッサンスに代表されるように、かつてはヨーロッパ文明の中心だったのが、近代資本主義社会では遅れた後進地域に転落する。
正教を信仰するロシアなど東のスラブ社会などは論外である。
さらにイスラム地域、ヒンドゥー文化圏も同様だ。
かつて世界一の金持ちだった支那文明圏も停滞していた。

 

アメリカ新大陸も同様だった。農業適地、資源、用水など、人間が住む条件にほとんど格差はなかったのに、主にプロテスタントが移住した北部=アメリカ合衆国に近代資本主義の華が咲き、カトリックに宗旨替えした南部=ラテンアメリカは近代資本主義が発展しなかった。

なんで世界帝国USAは、新大陸の北部に誕生して、南部には誕生しなかったのか?
それは「プロテスタントの倫理=資本主義の精神」があるかないかである、というわけである。

 

じゃあ、

イギリス、オランダ、アメリカ合衆国などのプロテスタントは幸せだったのか?

イタリア、スペイン、ラテンアメリカカトリックは不幸だったのか? 

大雑把に言って、所得、科学技術、政治制度、福利厚生、衛生環境、人権保護、軍事力などなどでは、その通りだ。

資本主義のパワーは偉大である。進歩はやっぱり「良きこと」であり、停滞はやっぱり「悪しきこと」である。

 

しかしそれだけが人間の幸せでもない。
「永遠の自転車操業」の辛さ、というものもやっぱりあるのだ。

 

ラテンアメリカは、所得は低くても、高品質の精密機械は作れなくとも、ロケットを宇宙に飛ばせなくても、買収のない普通選挙が難しくても、汚職の少ない議会制民主主義が安定しなくても、「これ」がある。

 

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精密機械やロケットや普通選挙がなくても、「これ」で十分ではないか?

 

アングロサクソンが毎日毎日、永遠に来ない明日のために「資本」をコツコツ蓄財してる間、ラテンな彼らは毎年毎年、1年分の「資本」を一気に使い果たすのである。

当然、ラテンな彼らのサイフから明日の投資のための「資本」は消えてなくなるが、だから何なんだ? また来年の散財のために、明日から働けばいいじゃないか。

 

この毎年の散財は「永遠の自転車操業」ではない。

この散財は、進歩もないし、拡大もない。毎年毎年同じことの繰り返しである。進歩しなくていいし、拡大しなくていい。停滞してかまわないのだ。倒れないように自転車を必死で漕ぐ必要はない。だって進む必要がないから。自転車は倒れたままでいいのだ。

 

人間はいつか死ぬ。

いつ死ぬか判らないが、毎年毎年楽しんだんだから、どこで人生が終わっても、それほど残念無念は残らない。どうせ、来年も今年と同じことだ。来年だけの特別なんてない。 

高度な医療がなくても、高度なIT技術がなくても、昨日と変わらないワインと肉を食って、踊り騒いで生きていけたら、そっちの方が幸せではないのか?

 

毎年毎年、国中が、サッカーワールドカップ、AKBのコンサート、岸和田だんじり祭り、浅草三社祭、諏訪の御柱祭り、郡上八幡の盆踊り、東京ディズニーランド、USJ、お正月の初詣、荒れる成人式(笑)、そしてハロウィーン、などなどを一切合財合体させたて何倍にもしたような祝祭が味わえるのである。

 

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もう、金儲けも、受験も、出世も、竹島尖閣南京事件も、安保法案も、財政赤字も、どうでもいいじゃんか(笑)。

 

資本主義から決別し、永遠の停滞にまどろむ。
こっちの方が、どうせいつか死ぬ生物として幸せだと思うんだが。

日本国民の総意はどうか?

 

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