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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

平成の御代、ついに「幕末」がやってきた~「暴走族」は江戸時代=近世の文化。

「近世」が終ろうとしている。。。

あ、「近代」じゃないよ(笑)、「近世」ね。要は「江戸時代」だ。

平成の御世、とうとう、というか、やっと、というか、「江戸時代」が終る。

 

暴走族1万人割る 「上下関係」嫌ってグループ参加減少 : 社会 : クリスチャントゥデイ

2011年2月14日
 昨年全国の警察が把握した暴走族の構成員は前年に比べ13・3%(1390人)少ない9064人で、統計を取り始めた1975年以降初めて1万人を割り、過去最少となったことが10日、警察庁のまとめでわかった。
 同庁によると、暴走族の構成員は82年の4万2510人をピークに減少傾向にある。昨年はグループ数も前年比13%(76組)減の507組だった。一方、構成員数に占める少年の比率は前年より2・7%多い54・4%と、低年齢化は年々進んでいる。
 近年は厳しい決まり事や上下関係などを嫌ってグループに参加せず、少人数での散発的な暴走行為をするケースが目立ち、実態の把握が難しくなっているという。

 

日本の歴史の中で、ある意味、最も居心地の良かった時代が終わるのだ。

 

日本史において、どこが歴史の分水嶺か?、という議論はいろいろある。

ま、一般には「明治維新」や「関が原」となるわけだが、もうちょっと専門的な話になると、室町時代の「応仁の乱」以前と以後で日本は大きく変わるという考え方もある。今の日本を知りたければ、応仁の乱以後の歴史で十分、応仁の乱以前の歴史は不要、というわけだ。

 

個人的には、
・白村江敗戦→朝鮮半島と政治的・文化的・心理的に分離→「日本」の誕生。
平将門藤原純友の乱→「東国」と「西国」の誕生→中世の開始。
豊臣秀吉小田原攻め→日本列島再統一→中世の終わり。
・戦後高度経済成長→日本社会解体→市場の優位。
あたりが、関が原や明治維新なんかよりずっと大きな「分かれ目」だと考える。

 

暴走族は、だいたいが戦後高度経済成長以降にブームになり、バブル期から下降線をたどり、平成不況の今、その時代を終えようとしている。
よって、暴走族は戦後高度経済成長「以後」つまり「現在」の風俗に思われるかもしれない。

 

が、暴走族という文化の核心(システム)は戦後高度経済成長「以前」つまり、思いっきり大雑把に言えば、秀吉の天下統一から江戸幕府を経て明治維新大東亜戦争敗戦、戦後高度経済成長までの、中世以後・近代以前つまり「近世」の文化なのだと思ってる。

暴走族は日本近世、大雑把に言えば、「江戸時代」の産物なのだ。

 

束縛はイヤ、名無し暴走族「チームなんてダサいっすよ」:朝日新聞デジタル

2014年10月29日(水)

 グループ名を持たない「名無し」の暴走族が増えている。かつては地元の地名など、こだわりのグループ名を特攻服などに記して爆走する姿が見られたが、最近は「集団の厳しいルールに縛られるのは嫌」。リーダーも名前もなく、ゆる~く集まって走り回る方がいいのだという。

 

平成の彼らとは逆に、昭和の暴走族は、

地元の地名を入れた名称など、こだわりのグループ名を誇示していた。 

グループ内部は先輩後輩の上下関係や、集団の厳しいルールに縛られていた。

これこそが「江戸時代のシステム」である。

 

というか、日本の歴史上、若者が、上下関係を忌避する、個人個人が自分勝手に行動する、しかも、それが許される、なんて時代は、平成の現在以外にはない(笑)。
日本の若者は、大昔からつい最近まで、どいつもこいつも「地元の地名にこだわりを持ち」「グループ内での厳しい上下関係」に生きてきたのである。

暴走族も、その他の不良グループも、戦前のバンカラ学生も、中学高校の野球部、バスケ部、バレー部などの体育会系部活動も、基本構造は近世・江戸時代の村落共同体にあった「若衆宿」「若者組」とほぼ同じだ。

 

若衆宿・若者組とは、近世の村落共同体内の子供が正規メンバーである成人になるまでの、教育機関であり、セックス管理システムであった。

教育しないとムラの役には立たないし、勝手にセックスされるとムラの秩序が乱れるからだ。教育とセックスはムラが管理するものだった。

精通が始まるローティーンから加入が許され、グループ内の掟を学び、グループの維持発展に努め、その間に先輩の助けを借りてセックスの経験を済ませ、成人したらグループを引退する。江戸時代の若衆宿も、昭和の暴走族も、同じことだ。

 

近世が生んだ地域共同体が子供から成人への成長過程を管理・保護・育成する「若衆宿システム」は、江戸時代から明治維新への混乱も、大東亜戦争敗戦の混乱と民主主義も、なんとかかんとか、乗り越えて生き延びて継続してきた。
その決定的解体は、戦後高度経済成長の時代だ。自由市場経済が地域共同体を破壊したからだ。東京一極集中、地方過疎が始まり、それが進んで今の地方都市シャッター商店街となる。
シャッターと老人だらけの街で「地元の地名を入れた名称など、こだわりのグループ名を持つ」なんてことは不可能になる。地域共同体が解体するんだから、「若衆宿システム」も維持できるわけがない。

 

戦後高度経済成長は、可処分所得の増加をもたらし、若年者にバイクや車の購入を可能にしたが、新しい若者教育システムは明確に完成してなかった。このままでは若者に行き場がない。
そこで急速に解体に向かっていたものの、馴染みのある近世若衆宿システムに、バイクや車という新しい道具が持ち込まれ、「最後の若衆宿=暴走族」として戦後高度経済成長以後の現在に生き延びた。
しかしどうやったところで前時代の古いシステムに乗っかった暴走族は、いずれ消滅るする運命は変わらなかった。

 

日本近世最期の仇花(の一つ)が暴走族、ということだと思う。

江戸初期の町奴・幡随院長兵衛から、昭和の暴走族まで、前時代のパロディ・カリカチュアとしての氣志團を残して(笑)、ようやく江戸時代が終わるのだ。

 

暴走族の特攻服はムラ祭りのハッピであり、ゾクの旗は漁船の大漁旗だ。
「近世」ならば、それは若者の憧れであり誇りだった。
しかし、それらがカッコ悪く感じるのならば、もはや時代が完全に「近世」ではなくなった、ということだ。

 

ちなみに、「近世の若衆宿」に変わる、「現在の若衆宿」または「現在の暴走族」とは、おそらくネットとケータイ、それに続くまだ見ぬ情報メディア、ということになるだろう。

平成は、夜の街道ではなく、ネット空間を、知らない同士の集団で、「名無し」暴走するのである。

つまり、ネットの前にいる貴方と私が、「上下関係を拒絶した、地元名を隠した、匿名の、平成バージョンの暴走族」ということだ。

 

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