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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

試験に出る!?麻生さん「ナチス/ワイマール」発言問題集(倫理政経編)。

02.宗教/思想/科学

世界史、国語と「科目」別に解説してきたが、

 

試験に出る!?麻生さん「ナチス/ワイマール」発言問題集(世界史編)。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

試験に出る!?麻生さん「ナチス/ワイマール」発言問題集(国語編)。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

今回は倫理政経である。「価値判断」を考えたい。 

 

ただし、麻生ファン、アンチ麻生、皆さんが想定している価値の判断ではない。

つまり
日本国憲法改正が良いことか?悪いことか?
靖国参拝が良いことか?悪いことか?
ナチスが良いことか?悪いことか?
などなどは考えない。

なぜなら、考えてもしょうがない(笑)。

 

賛成にしても反対にしても、それぞれ各自がすででに膨大な時間と労力で考えてきたことである。いまさら新しい画期的な理念が出てくるとも思えない。

そうでなく、今回麻生さんが披瀝した、「ある」政治的社会的価値観に関して考えたい。

 

今回麻生さんという政治家の持つ理念として最も興味深いのは、憲法改正靖国参拝などの政治行動それ自体の是非ではなく、その政治行動を決定するときの「雰囲気」「社会状況」を非常に重視している点だ。

麻生さんは、憲法改正であろうと、靖国参拝であろうと、「静かな雰囲気」の中で行われることを【ベスト】と考えている。
憲法改正であろうと、靖国参拝であろうと、「狂騒や喧騒」の中で行われることには【反対】なのだ。

 

麻生さんの【ベスト】は、「静かな雰囲気」の中で憲法が改正されること、「静かな雰囲気」の中で靖国に参拝すること、である。

しかし【ベスト】を得られない状況の場合どうするのか? 日本社会や世論が、憲法改正靖国参拝に関して、「狂騒や喧騒」状態にある場合だ。
その場合、麻生さんにとって【ベスト】ならぬ次善の策、よりマシな【ベター】は何なのか?

 

選択肢は2つある。

 

《A》

「狂騒や喧騒」がおさまるまで、「静かな雰囲気」になるまで、憲法改正靖国参拝も延期する。

 

《B》

いつまでも待てないので、「狂騒や喧騒」をガマンして、憲法改正靖国参拝を行う。

 

麻生ファンの大半は《B》を望んでいるだろう。つーか、麻生さんとは違って、麻生ファンの大半は、憲法改正靖国参拝ができるなら、「静かな雰囲気」だろうが「狂騒や喧騒」だろうがどうでもいいはずだ。いや逆に大騒ぎする反対派にギャフンと言わせてやる!くらいのケンカ腰だろう。
しかし麻生さん自身は《A》を考えているのか?《B》と考えているのか?アイマイでどっちにも取れる。

 

ここで、そもそも、麻生さんの考えてる「静かな雰囲気」や「狂騒や喧騒」とは具体的にどういう状況を想定しているのか? 要は「誰が」騒いでいるのか? これも2つのパターンがある。

 

《C》 
「静かな雰囲気」とは、世論には憲法改正靖国参拝の賛成派も反対派もいるが、お互いに「良い日本を創ろう」という共通認識があり、汚い足の引っ張り合いをせず、理性的で健全な討論を継続した上で妥当な結論を出す、つまり賛成派も反対派も優れた倫理性を持つ状況。
「狂騒や喧騒」とは、世論には憲法改正靖国参拝の賛成派も反対派もいて、どっちも持論に固執して、相手の意見を聞く耳を持たず、乱暴な議論に終始し、感情に訴え、強引に目的を達成しようとする、つまり賛成派も反対派も両方とも品性下劣である状況。

 

《D》 
「静かな雰囲気」とは、世論が憲法改正靖国参拝へ賛成一色になり、反対派が極少数になって、世論が統一されて静かになる、つまり正しい賛成派が勝利し、邪悪な反対派は敗北した状況。
「狂騒や喧騒」とは、反対派が大きな勢力で強硬に反対運動を展開して、憲法改正靖国参拝が困難になる。つまり正しい賛成派が敗北し、邪悪な反対派が勝利している状況。

 

「静かな雰囲気」といっても、「狂騒や喧騒」といっても、《C》と《D》ではまるで意味合いが異なる。
《C》はバランスのとれた民主主義的態度、《D》は敵・味方の対立に固執した党派的態度、と言えるだろう。
これも麻生さん自身が《C》と考えているのか?《D》と考えているのか?アイマイでどっちにも取れる。

 

はたして自分と意見を異にする相手を、

切磋琢磨する好敵手と見るか?

滅ぼすべき邪悪な悪魔と見るか?

その人の倫理観・政治観を分ける分水嶺である。皆さんは、どっちの価値観をお持ちだろうか?

 

さて、ここで強力な援軍の登場である。みんなのアイドル・櫻井よしこさんだ。

 

そもそも、この麻生さんの発言自体が、櫻井よしこさんが理事長を務める「国家基本問題研究所」という政治団体の月例研究会に参加した時のものなのである。

 

その当事者たる櫻井よしこさんのご感想が、産経新聞2013/08/05の1面の記事「朝日が日本を国際社会の笑い物に…歪曲された麻生発言」として掲載された。下記はそこからの引用だ。

なお、後日リンク切れを考慮して、保存のために、この日記の一番下にコピペしておく。

これまた、櫻井よしこさんの発言が大変興味深い。

 

が、蓋を開けてみれば氏と私及び国基研の間には少なからぬ考え方の開きがあると感じた。憲法改正を主張してきた私たちに、氏は「自分は左翼」と語り、セミナー開始前から微妙な牽制(けんせい)球を投げた。

セミナーでも氏は「最近は左翼じゃないかと言われる」と述べ、改正論議の熱狂を戒めた。私はそれを、改正を急ぐべしという国基研と自分は同じではないという氏のメッセージだと、受けとめた。

憲法改正なんていう話は熱狂の中に決めてもらっては困ります。ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」「しつこいようだが(憲法改正を)ウワァーとなった中で、狂騒の中で、狂乱の中で、騒々しい中で決めてほしくない」という具合に、氏は同趣旨の主張を5度、繰り返した。 

 

ここで登場する「氏」とはいったい誰か? 

それなのに「冷静な議論」を強調するのは、麻生氏を含む多くの自民党議員は憲法改正に消極的ということか。

なんとビックリ麻生太郎さんである。

 

ちなみにこの記事、表題が「朝日新聞批判」になってるが、中身は「麻生太郎批判」なのである(笑)。

 

この櫻井さんの麻生批判によって、私の考察はその論旨の妥当性を補強できた。

ナニを良しとし、ナニをダメと見るかは、櫻井さんと私では正反対だが、その分類の仕方は桜井さんと私は同じなのである。

私は麻生さんの本音がどっちかわからない、アイマイだ、と書いたが、

(櫻井さんからみた)麻生さんは《AかつC》だということだ。

それを批判してる櫻井さんは、当然《BかつD》だと信仰告白していることになる。

 

櫻井さんから見れば、麻生さんはリベラル左翼なのである(笑)。

ネトウヨの皆さんが応援すべきは当然櫻井さんであり、妥協的で微温的な麻生なんぞは軟弱野郎と批判すべきなのである。

 

【アンチ自民】【アンチ安倍】の人はもう一度読んでもらいたい。

 

麻生さんは、保守派と右派ばっかりが集まる講演会で、つまり護憲派やリベラル派にリップサービスする必要もない会合で、

憲法改正なんていう話は熱狂の中に決めてもらっては困ります。ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」「しつこいようだが(憲法改正を)ウワァーとなった中で、狂騒の中で、狂乱の中で、騒々しい中で決めてほしくない」という具合に、氏は同趣旨の主張を5度、繰り返した。 

こういう発言をする倫理の持ち主なのである。

 

もともと生まれ育ちが良すぎて、他人の事情、感情、趣味、能力を考慮しない、「言い過ぎ」「説明不足」「ポカミス」つまり失言の多い人なのだ(笑)。

しかも「最近は左翼じゃないかと言われる」みたいな、きわどいジョークを言いたがる(笑)。

それでますますドツボにはまる。しかしドツボにハマっても、選挙基盤が鉄板だから、なかなか痛い目に会わない。だから繰り返す。そういう恵まれた人なのだ。

しかし同時に「強引な改憲には反対」という人もであるのだ。

今回「子供を産まないのが問題」云々という発言だって、麻生さんのそういう面を考慮して、解釈すべきだろう。

 

保守派が、朝日新聞民主党を問答無用で「悪魔化」するように、

リベラル派も、自民党政治家を脊髄反射で「悪魔化」していたら、

麻生さんが望む《AかつC》の理性的な日本ではなく、

櫻井さんが股間を濡らす《BかつD》の陰惨な日本になっていくのである。

 

【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】朝日が日本を国際社会の笑い物に…歪曲された麻生発言+(1/3ページ) - MSN産経ニュース

  なるほど、朝日新聞はこのようにして事柄を歪曲(わいきょく)していくのか。麻生太郎副総理発言を朝日新聞が報じる手口を眼前にしての、これが私自身の率直な感想である。 

 8月1日と2日、朝日の紙面は麻生発言で「熱狂」した。日によって1面の「天声人語」、社会面、社説を動員し、まさに全社あげてといってよい形で発言を批判した。
 討論会の主催者兼司会者として現場に居合わせた私の実感からすれば、後述するように朝日の報道は麻生発言の意味を物の見事に反転させたと言わざるを得ない。
 7月29日、私が理事長を務める国家基本問題研究所(国基研)は「日本再建への道」と題した月例研究会を主催した。衆議院、都議会、参議院の三大選挙で圧勝、完勝した安倍自民党は、如何(いか)にして日本周辺で急速に高まる危機を乗り越え、日本再建を成し得るかを問う討論会だった。
 日本再建は憲法改正なしにはあり得ない。従って主題は当然、憲法改正だった。
 月例研究会に麻生副総理の出席を得たことで改正に向けた活発な議論を期待したのは、大勝した自民党は党是である憲法改正を着実に進めるだろうと考えたからだ。
 が、蓋を開けてみれば氏と私及び国基研の間には少なからぬ考え方の開きがあると感じた。憲法改正を主張してきた私たちに、氏は「自分は左翼」と語り、セミナー開始前から微妙な牽制(けんせい)球を投げた。
 セミナーでも氏は「最近は左翼じゃないかと言われる」と述べ、改正論議の熱狂を戒めた。私はそれを、改正を急ぐべしという国基研と自分は同じではないという氏のメッセージだと、受けとめた。 

【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】朝日が日本を国際社会の笑い物に…歪曲された麻生発言+(2/3ページ) - MSN産経ニュース

 「憲法改正なんていう話は熱狂の中に決めてもらっては困ります。ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」「しつこいようだが(憲法改正を)ウワァーとなった中で、狂騒の中で、狂乱の中で、騒々しい中で決めてほしくない」という具合に、氏は同趣旨の主張を5度、繰り返した。 

 事実を見れば熱狂しているのは護憲派である。改憲派自民党を筆頭に熱狂どころか、冷めている。むしろ長年冷めすぎてきたのが自民党だ。いまこそ、自民党は燃えなければならないのだ。
 にも拘(かか)わらず麻生氏は尚(なお)、熱狂を戒めた。その中でヒトラーとワイマール憲法に関し、「あの手口、学んだらどうかね」という不適切な表現を口にした。「ワイマール憲法ナチス憲法に変わった」と氏はいうが、その事実はない。有り体に言って一連の発言は、結局、「ワイマール体制の崩壊に至った過程からその失敗を学べ」という反語的意味だと私は受けとめた。
 憲法改正に後ろ向きの印象を与えた麻生発言だったが、朝日新聞はまったく別の意味を持つものとして報じた。

 たとえば1日の「天声人語」子は、麻生発言を「素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習え、ということになってしまう」と書いた。前後の発言を合わせて全体を「素直に聞」けば、麻生氏が「粛々と民主主義を破壊」する手法に習おうとしているなどの解釈が如何(いか)にして可能なのか、不思議である。天声人語子の想像力の逞(たくま)しさに私は舌を巻く。
 朝日の記事の水準の高さには定評があったはずだ。現場にいた記者が麻生発言の真意を読みとれないはずはないと思っていた私は、朝日を買いかぶっていた。 

【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】朝日が日本を国際社会の笑い物に…歪曲された麻生発言+(3/3ページ) - MSN産経ニュース

  朝日は前後の発言を省き、全体の文意に目をつぶり、失言部分だけを取り出して、麻生氏だけでなく日本を国際社会の笑い物にしようとした。そこには公器の意識はないのであろう。朝日は新たな歴史問題を作り上げ、憲法改正の動きにも水を差し続けるだろう。そんな疑惑を抱くのは、同紙が他にも事実歪曲(わいきょく)報道の事例を指摘されているからだ。 

 典型は「読売新聞」が今年5月14、15日付で朝日の誤報が慰安婦問題を政治問題化させたと報じた件だ。読売の朝日批判としては珍しいが、同件について朝日は説明していない。
 古い話だが、歴史問題にこだわるなら、昭和20年8月の朝日の報道も検証が必要だ。終戦5日前に日本の敗戦を示唆する政府声明が発表され、朝日新聞の編集局長らは当時こうした情報を掴(つか)んでいた。新聞の使命としていち早く、日本敗戦の可能性を国民に知らせなければならない。だが、朝日新聞は反対に8月14日、戦争遂行と戦意高揚を強調する社説を掲げた。これこそ、国民への犯罪的報道ではないか。朝日の歴史認識を問うべきこの事例は『朝日新聞戦争責任』(安田将三、石橋孝太郎著、太田出版)に詳しく、一読を勧めたい。
 これらのことをもって反省なき朝日と言われても弁明は難しい。その朝日が再び麻生発言で歴史問題を作り出し、国益を害するのは、到底許されない。
 それはともかく、自民党はまたもや朝日、中国、韓国などの批判の前で立ちすくむのか。中国の脅威、韓国、北朝鮮反日、米国の内向き志向という周辺情勢を見れば、現行憲法改正の急務は自明の理だ。それなのに「冷静な議論」を強調するのは、麻生氏を含む多くの自民党議員は憲法改正に消極的ということか。日本が直面する危機に目をつぶり、結党の志を横に措(お)き、憲法改正の歩みを緩めるのだろうか。であれば、護憲の道を歩む朝日の思う壺(つぼ)ではないか。自民党はそれでよいのか。私の関心は、専ら、この点にある。