在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

呪殺祈祷僧団四十七士(JKS47)~靖国で慰霊できるなら、法華経で呪殺も当然できる。

南無妙法蓮華経。まさに《日蓮宗》である。

 

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はためく「呪殺」の幟、響く読経、僧侶は躍り、末井昭さんがサックスを吹く! 45年ぶり再結成「呪殺祈祷僧団」の祈祷会に行ってみた(全文表示) - ニュース - Jタウンネット 東京都

公害企業主呪殺祈祷僧団の精神を受け継いだ僧侶たちが、その名前を「呪殺祈祷僧団四十七士(JKS47)」と改め再結成、脱原発戦争法案反対のための呪殺祈祷会「死者が裁く」を開催したのである。

 

 上杉清文、、、って(汗)、70年代ポスト全共闘、80年代ニューアカな、その名前を、21世紀に再び目にするとは思わなかった(笑)。

 

13世紀の蒙古襲来。鎌倉幕府は鎮西(北九州)に御家人を動員したが、やったのは物理的防衛だけではない。「霊的防衛」も盛んにやっている。京都朝廷も同じ。

伊勢神宮延暦寺、岩清水八幡宮東寺、宇和神宮、東大寺厳島神社などなど、神仏、宗派を問わず全国の社寺に異国調伏・蒙古調伏の祈祷・祈願を命じている

20世紀の日露戦争、太平洋戦争でも、政府は異国調伏の祈祷をやらせている。

調伏には呪殺も含まれるだろう。

 

帝国陸海軍の戦死者が「護国の英霊」になって靖国神社に安んじる、なんてことは科学では証明できない。だったら有り得ないウソだと切って捨ててイイのか?

すくなくとも、参拝する人にとって、英霊は虚偽ではない。

霊が存在するのならば、そして、参拝という生きた人間の行為が霊に通じるのならば、そっちだけ肯定して、呪殺を迷信だなんてバカにするのはダブルスタンダードである。

 

仏教に呪殺はない、という意見もあるが、あるよ(笑)。

じゃあ、13世紀の鎌倉幕府や京都朝廷、延暦寺高野山派、いったい何をやっていたことになるのか?

 

たしかに釈迦は、呪殺なんて認めないだろう。

祈りで物理的に何かが動くとは思ってないし、そもそも霊魂を認めない。

大乗なんて、念仏なんて、法華経なんて、密教なんて、呪殺なんて、「釈迦の思想」には確かに無い。

しかし、「仏教」にはある。

なぜなら、「仏教」と、「釈迦の思想」は、イコールではないからだ。

今、存在する「仏教」は、確かに「釈迦の思想」も含まれるが、「釈迦以外の別人の思想」 も大量に含まれている。量的には後者のほうが多い。

 

そして、インドの釈迦だけが正しく、日本の仏教が間違ってる、念仏や法華経や加持祈祷が間違ってる、なんていう根拠はどこにもない。

念仏や法華経や加持祈祷が正しく、釈迦が間違ってる可能性も、五分五分である。

どっちも間違ってる可能性が、おそらく一番高い(笑)。

だって、どっちも、妄想じゃん(笑)。

妄想と、妄想に、どうやって、上下・優劣を付けるのか?

付けられるのは、理屈ではなく、人が、救われるか?、救われないか?、というか、救われたと誤解できるか?、しか評価基準はないではないか。

 

呪殺や調伏に関しては、仏教の中でもやはり比叡山東寺など密教の得意分野である。

また、なんでもオールマイティな法華経も得意としている。

 

だいたいが、法華経LOVEの日蓮さんが鮮烈デビューしたのは、蒙古襲来なのだ。

立正安国論」で、念仏は邪教だ、浄土信仰を放置すると日本が滅亡する、法華経を国教とすれば内乱も外敵も鎮まる、と説いた。

法華経と蒙古襲来は、物理的関連性はないが、宗教的・霊的には密接に関連するのである。

 

法華経を信じれば、蒙古は撃退できる。

法華経を唱えれば、原発再稼動や安保法案は阻止できる。

日蓮さんとJKS47の言ってること、やってることは、同じだ。

 

日蓮さんも法華信者も、題目を唱える。

南無妙法蓮華経」には現実的なパワーがあるのだ。

人の心だけでなく、現実も動かすのである。

 

「言葉には力がある」「虐殺された死者の叫び」――!

 

JKS47のこの言葉を否定したら、日蓮宗も、法華経信仰も、日蓮さん自身も、成立しないことになる。

日蓮さんだけではない。

当然、靖国神社も成立しないし、

日蓮さんのライバル「南無阿弥陀仏」の浄土信仰も成立しない。

 

はじめにロゴス(言葉)があった。ロゴス(言葉)は神と共にあり、ロゴス(言葉)は神であった。(ヨハネ福音書

子曰、必也正名乎、
子曰わく、必ずや名を正さんか。(論語・子路第十三) 

 

キリスト教儒教も成立しない。

 

歌も成立しなくなるのではないか?

 

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長渕剛の歌に感動する人は、言葉に力があるかどうか?答えはあるはずだ。

 

言葉の力を否定するのは、人間存在の否定だ。

なぜなら人間は「言葉の動物」だからだ。

 

言葉の力を信じる。

特に法華経信仰に、さらに日蓮さんにその傾向は強い。

 

法華経信仰から、

226事件の北一輝も出てきたし、

血盟団事件井上日召も出てきし、

八紘一宇」の生みの親・国柱会田中智学も出てきた。

彼らは法華経という言葉で現実の政治を動かそうとした。

 

JKS47は日蓮宗

創価学会は元・日蓮正宗

宗派は異なるが、同じ日蓮信仰、法華経信仰である。

 

日蓮信仰、法華経信仰は、そういうタイプの人間が触発されやすい思想なのである。