在日琉球人の王政復古日記

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子守唄は子殺し歌(3番)~ジブリ「となりのトトロ」~昔は「初産の子供」が「初めての子育て」ではない。

子守唄は子殺し歌(1番)~ジブリ「となりのトトロ」~姉さつきは妹メイに「大根きざむよに」殺意を抱いたか? - 在日琉球人の王政復古日記

 

子守唄は子殺し歌(2番)~ジブリ「となりのトトロ」~鬼がくるよ!お化けが出るよ!と悲鳴を上げる鬼やお化け。 - 在日琉球人の王政復古日記

の続き。

 

もうひとつ、平成の母親たちが、昔の母親たちより、不利な条件がある。

そして、これが、おそらく、 平成の母親たちの心労の根本原因でもある。

 

九九も記憶してないのに、いきなり連立方程式を説け、と言われてもパニックになる。

まずは十進法の仕組みを覚えて、九九を暗唱して、四則演算を習って、そして徐々に連立方程式に到達すれば、パニックにはならない。

 

平成の母親たちは昔の母親に比べて、平成の女性たちは昔の女性たちに比べて、いやいや女性差別は良くない(笑)、平成のオトコだって昔のオトコに比べて、赤ん坊に詳しくない。子育てに詳しくない。

 

平成の母親たちは、平成の女性たちは、自分が生んだ赤ん坊が初めての子育てだからだ。

数字の数え方も知らないのに、いきなり入学試験本番で連立方程式なのだ。そりゃパニックにならない方がおかしい。

今も昔も自分が産んだ子供が初めての子育てに決まってるだろ?、と思うかもしれないが、昔はぜんぜん違う。

昔の母親たちは、昔の女性たちは、たいがいにおいて、自分が生んだ赤ん坊は、2回目3回目の子育てである。

すでに九九も四則演算も習得済みで、連立方程式に挑むのである。

昔は、女性だけでなく、男だって、多少は赤ん坊のあやし方を知っていたのだ。

 

ググってみるとこういう写真が出てきた。

 

明治の子供たち。 

https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/236x/30/3e/3b/303e3bb0a5183942da6fa797cb0c2658--japanese-beauty-japanese-style.jpg

戦前の子供たち。

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/007/257/52/N000/000/012/136927771718813208723_IMG_NEW_20130523115517.jpg

https://pbs.twimg.com/media/CZvBDcIWcAA4LgI.jpg

終戦直後の子供たち。

http://cdn.mainichi.jp/showa/graph/tokyo1945/32.jpg

 

10歳前後の小学生が、赤ん坊をオンブする。これがかつての日本である。

 

よく日本近代史を語るとき、戦前・戦後という言い方をされるが、政治はそれでいいとしても、文化・生活・習俗は1945年8月15日がターニングポイントではない。
本当の意味での日本史のターニングポイントは、1940年代の「大東亜戦争」ではなく、1960年代の「戦後高度経済成長」である。

 

戦争を挟んだ、1936年の日本と、その10年後の1946年の日本は、実はそんなに違いはない。

戦争なんか無かった、1956年の日本と、その10年後の1966年の日本は、大きく変わったのだ。

「戦後高度経済成長」の前と後で、日本はまったく別の国になる。

  
東宝映画で言えば、三船敏郎の「日本のいちばん長い日」ではなく、

植木等の「無責任男」シリーズ、加山雄三の「若大将」シリーズこそが、

過去の日本と現在の日本の分水嶺、時代の移り変わりを描く映画なのだ。

  

昔の子供たちと平成の子供たちを比較すれば、一番大きな違いは、栄養状態ではなく、兄弟姉妹の関係だ。
子守唄の歌詞にあるように、上記の画像にもあるように、昔から、子守りは、大人の仕事ではなく、「子供の仕事」だったのだ。

「戦後高度経済成長」前は、兄や姉が弟や妹の面倒を見るのが当たり前だった。

そこは「となりのトトロ」の世界である。姉さつきが妹メイの面倒を見るのだ。

 

周囲に赤ん坊がいなくとも、貧乏な家計を助けるために子守仕事に出されなくても、多少裕福な家庭の少女なら、お人形さん遊びだ。

 

http://www.geocities.jp/chibijyo888/img655.jpg

 

少女たちは、赤ちゃんを模した人形で遊ぶ。これも子育ての予行演習になっているわけだ。

己が生まれて10年経たない初潮前の少女たちに、それから10年20年後の母親修行を叩き込むのである。

平成のフェミニストは、少女に対する「女性」性の強制だ!抑圧だ!洗脳だ!と怒るだろうが(笑)、そういう強制や抑圧や洗脳でなんとかかんとか次世代の育児をやりくりしてきたのが、人間の歴史である。

 
昔の姉の仕事は、学校の勉強ではなく、妹の世話だった。 昔の妹の相手は、保育園や幼稚園の保母さんの仕事ではなく、姉の仕事だったのだ。

小学校に行く年齢の前から、子供たちは生まれたばかりの弟や妹の面倒をみる。赤ん坊を背負って遊ぶのである。周りの友人たちの背中にも同じように赤ん坊がいる。自分が経験を重ね、友人の行動を学習し、中学生くらいの年齢には、すでに育児のプロフェッショナルになっている。

そうなったら、自分が10代で結婚して20代で出産しても、育児ノイローゼにならずに子育てが出来る。

 

昔の女子中学生の方が、平成の婚活・妊活に熱心な4年制大卒キャリアウーマンのよりも、子育てに関してははるかに専門家なのである。

 

しかし、今も、昔も、子供たちの時間は、24時間365日で変わらない。

昔の子供が子守りをしている時間、平成の子供はのんびり寝てるわけじゃない。

平成の親は、平成の兄姉に「弟妹の面倒を見ろ」と言わずに、「弟妹と遊んでるヒマがあったら、勉強しろ」と怒るのだ。

平成の子供も忙しい。学校と塾に行かなければならない。学校や塾に弟や妹を背負って連れて行くわけには行かない。そんなルール違反は、先生も許さない。

姉さつきが授業を受けてる横で、妹メイが落書きをしてる、なんてことはとなりのトトロ」の世界では成立するが、平成日本の都市圏の学校では通用しない。

  

・・・てなことを書いてると、「だから昔は良かった、今の日本は・・・」とか言い出す、赤ん坊のオムツより自分のオツムの手入れの方が先決な人々が必ず出てくる。

そういうゴリッパな皆さんも、平成と変わらぬ戦後高度経済時代以降の生まれで、子守りと家事手伝いと農作業だらけの子供時代・青春時代を送った経験なんかまったく無い、チャラチャラにチャラい人生を送ってきた人たちだ。

育児に関して、平成の悩めるお母さんより、はるかに劣る連中である。

今現在を悩んでるお母さんたちは、「昔は良かった」馬鹿の嘘っぱちなんか気にしなくていい。

 

カマドでメシを炊けるし、魚を三枚に下ろせるし、たらいと洗濯板と井戸水で家族の服を洗えるし、型紙と生地を買ってきて裁縫で着物を仕立てられるし、赤ん坊のあやし方を知ってる、そういう時代の少女たちは、その代償として、

スマホも、プリクラも、カラオケも、ティーン向けコスメも、自宅に仕送りしないで好きな服を買うためだけのバイトも、好きな仕事に就くための受験勉強も、何にも許されなかったのである。

 

となりのトトロ」の姉さつきは、妹メイの世話をしてると、受験勉強できないから良い高校へ行けないだろうし、雑誌の読モが着ていたカワイイ服を買うためのバイトも出来ない。

 

あなたが「さつき」なら、どちらの青春時代を選ぶだろうか?

 

少子高齢化時代、平成の「さつき」たちには、「メイ」のよう妹はいないし、いたとしても学校に連れて行かない。勉強を怠けたら親が許さない。そもそも同世代の友人とのLINEのやり取りで忙しくて、妹の面倒なんて見てるヒマはない。 
平成の「メイ」たちだって、テレビとネットがあれば、姉が恋しくなって、学校へ訪ねていくこともない。彼女も彼女の趣味で1日がいっぱいいっぱいだ。

 

そういう平成の「さつき」たちが、大学出て、会社に入って、気が付いたらアラサーで、あわてて婚活、急いで妊活して、ベネッセの無意味なコンニャク問答を参考に、いきなり、自分の「メイ」を育て始めたら、

平成の「メイ」たちも、ハイティーンになって、髪の毛の手入れに命を懸けているイケメン君に「ゴムなんてウザい」と中出しされて、精神状態はまだまだ「メイ」のまんまなのに、2代目「メイ」を押し付けられたら、

その後の「平成トトロ」のストーリーは、宮崎駿が描くようなハートウォーミングでメルヘンちっくな展開にはとてもなりそうもない。

 

それは、平成の「さつき」たち「メイ」たちの自己責任か?自業自得か?

原爆で焼け死んだ広島市民・長崎市民は、大東亜戦争に反対しなかった自己責任か?自業自得か?

 

平成の「スマホさつき」や「LINEメイ」は、森でトトロに会うこともない。

だって、平成の「トトロ」は、通販で売ってるからだ。

アマゾンのお兄さんが翌日配達だ。ポイントも付くし、サイズも選べるし。