在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

鹿児島「おっとい嫁じょ」=アメリカ映画「掠奪された七人の花嫁」=古代ローマ「サビニの女たちの略奪」=チェチェン「誘拐婚」。

・・・欧米から始まったグローバル資本主義の猛威によって、世界の人々は無理やり近代化され、それまで各地に無数にあった個性あふれる地域文化が失われ、世界は金太郎アメのように均一化してしまった・・・ってのはウソだと思うよ(笑)。

 

近代化のはじまる前の「前近代」だって、世界はどこも似たり寄ったりだったのだ。

 

チェチェンの早婚・多妻に批判=57歳署長が17歳少女と (時事通信) - Yahoo!ニュース

2015/05/17
 【モスクワ時事】イスラム教徒が主体のロシア南部チェチェン共和国で16日、既に妻帯者である地元警察署長(57)が未成年の女子生徒(17)と結婚し、物議を醸している。ロシアの民法は早婚や一夫多妻制を認めていない。
 プーチン大統領は2度の紛争に揺れたチェチェンの懐柔を狙い、共和国のカディロフ首長に事実上の「1国2制度」を付与している。その結果、旧習が黙認され、人権侵害が横行しているとして、全土で批判が起こりつつある。
 独立系紙ノーバヤ・ガゼータによると、女子生徒はヘダ・ゴイラビエワさん。地元警察のナジュド・グチゴフ署長は「花嫁」を渡すよう少女の両親を脅迫した疑いがあり、チェチェンなどに今も残る「誘拐婚」に近いとも指摘されている。 

 

このニュースが、日本と風習が異なる、宗教が異なる、遠い異国の話だと思ったら大間違いである。

こんなもんは、皆さんが住むこの島々にも普通にあった。それも大昔の話ではない。江戸時代の話でもなければ、戦前の話でもない。ついこの間、戦後の昭和の話である。

 

ヤバすぎて封印された日本の奇習! 鹿児島のレイプ結婚「おっとい嫁じょ」とは?(1/2) - ハピズム

■鹿児島の奇習「おっとい嫁じょ」とは?

 鹿児島県の大隅半島周辺ではかつて「おっとい嫁じょ」なる奇習が存在した。地元方言で「おっとる」というのは「盗む」の意味で、「おっとい嫁じょ」を標準語に直訳するならば「嫁盗み」。

 簡単にいうと、結婚に不同意な女性を強姦して妻にするという驚くべき風習なのだ。今よりも女性の貞操観念の強かった時代では、強姦された「傷物」の女性は嫁ぎにくくなるため、結果として被害女性もその親も渋々、加害男性との結婚を承諾するということなのである。そして第二次世界大戦後の1959年、この風習が全国的に知られる事件が発生した。

 事件の主人公は当時この地方在住の青年A。Aは婚期になっていたため、義兄の勧めで当時二十歳の女性B子を紹介された。AはB子に一目惚れし、初対面のその場でB子に結婚を申し込む。その後さらに2回にわたって結婚を申し込んだが、最終的にB子の兄を通じて結婚を断られた。どうしても諦めきれなかったAが思いついたのが「おっとい嫁じょ」だった。

 Aがこの手段に至ったきっかけの1つであろうと思われるのが彼の両親の馴れ初めだ。そもそもAの母親は結婚前に家族と食事中、Aの父親に拉致され「おっとい嫁じょ」により結婚し、「おっとい嫁じょ」の「申し子」とも言えるAが誕生していたのだ。   
 結局、Aは従兄、叔父の協力で地元の職業安定所から帰宅途中のB子を拉致、再度結婚を申し込んだが、拒否されたことで知人宅の一室で「おっとい嫁じょ」、つまり強姦に及んだのである。

 一室を提供した知人は、予め「おっとい嫁じょ」になることを知って部屋を貸しており、しかもAの強姦後には協力者の従兄と叔父までもが強姦に参加するという、今ならば悍ましいの一言ではすまない事態まで起こっていたのだ。ちなみに従来から「おっとい嫁じょ」では、相手女性の抵抗を見越して数人の男性協力者が同行しており、彼らがご相伴に預かることは珍しくなかったという。

「おっとい嫁じょ」では、最終的に女性とその両親が加害男性宅に結婚の挨拶に来るというのが習わしで、Aも強姦後に彼女らの来訪を待っていたらしいが、彼の元を訪れたのは警察。結局、強姦致傷罪でAは逮捕された。

ヤバすぎて封印された日本の奇習! 鹿児島のレイプ結婚「おっとい嫁じょ」とは?(2/2) - ハピズム

■住民の狂った貞操観念
 だが、本当に驚くべきはここからだ。Aが逮捕されると、裁判所には多数の地元住民が署名したAへの情状酌量を求める嘆願書が提出された。さらには「お上は地場の風習に手を突っ込むのか」という警察批判や「自分は子供の頃に『おっとい嫁じょ』に向かう集団の先導で提灯を持ったことがある。何が悪いのか」と堂々と語る地元学校の校長まで現れる始末だった。

 弁護人も「地元で『おっとい嫁じょ』は適法視されており、Aに違法性の認識はなかった」と主張したが、鹿児島地裁は「供述調書からはAが『おっとい嫁じょ』の反社会性を認識していたことがうかがわれる」との理由で懲役3年の実刑を言い渡した。

 実のところ呼び名は別にして、同様の風習は明治期頃までは鹿児島に限らず、日本の地方では存在していたが、時代の進展とともに徐々に廃れていったという。なぜ鹿児島でこの風習が昭和期まで残っていたかは知る由もないが、少なくとも、現在でもこの風習で結婚した夫婦の子供は一部在命している可能性は少なくない。その意味ではインドの事件のような光景は、日本では遠い彼方の記憶でもないのだ。

 

別にアジアに限った話でもない。欧米人が誇る輝かしいローマ文明にも同じ話がある。

 

サビニの女たちの略奪 - Wikipedia

ローマがロームルスによって建国されたばかりのころ、最初の世代は女性が少なかった。子孫を残し国を維持するためには多数の未婚女性が必要だった。ローマ人はそれを近隣国に多く住み勇敢な部族であったサビニ人に求めたが、交渉は不首尾に終わった。そこでローマ人はサビニ人に奸計を仕掛け、大量の未婚女性を略奪した。不法にローマに拉致されたサビニ人女性たちはローマ人の妻になることを強要され、ローマ人の子を産むこととなった。こうしてサビニ人女性を誘拐婚することにより、ローマは国を維持発展させるための次世代を得ることに成功した。後にサビニは女性たちを奪回するためにローマと戦争を起こすが、既に子を産んでいたサビニ人女性たちは子供と引き離されることを拒み、戦争の中止を訴えた。

 

そして、当事者たちは、事実ではあるが、恥ずかしい、呪わしい、忌まわしい、隠蔽したい過去の蛮習だと思っていた、、、わけでもない。

イタリアじゃ映画にもなっている。

 


Rape of The Sabines, The 1962 Trailer 1080p

 

めぼしい女性を誘拐して結婚する話は、ハリウッドで楽しい楽しいミュージカル映画になって、正々堂々公開されている。

 

掠奪された七人の花嫁 スペシャル・エディション 〈2枚組〉 [DVD]

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 オレゴンの山奥に住む7人兄弟の長男が、町からきれいな花嫁を連れて帰ってきた。弟たちは色めきたち、兄の入れ知恵で古代ローマ人に倣って町から娘たちをさらってきたのだが…。

 


Barn Raising Dance (7 Brides for 7 Brothers) - MGM Studio Orchestra (HD)

  

まあ、21世紀チェチェンの警察署長が、ダンスの上手さで、17歳少女のハートをゲットしたとはちょっと思えないが。

 

チェチェンと日本とローマとアメリカだけの話ではない。おそらく「略奪婚」「誘拐婚」は、全世界にあったのだろう。人類が何万年も繰り返してきた「日常」だったのだ。

 

強姦レイプを免罪したいなら結婚(イスラム刑法)=結婚したいから強姦レイプ(鹿児島おっとい嫁じょ、誘拐婚、略奪婚) - 在日琉球人の王政復古日記

 

名誉殺人~「死ぬほど」うらやましい、リベラル過ぎる中国のお父さん。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

今でも世界各地でさまざまに行われてる、婚約や結婚の風習や儀式には、元々は「略奪婚」だった行為を、温和な形式に変えたり、一種のお芝居にしたりして、残しているものがたくさんあるだろう。

結納も、花婿花嫁の友人による介添え人も、花嫁を実家から花婿の家まで運ぶ花嫁行列も、おそらく始まりはチェチェンの警察署長と同じだったと思われる。

 

これが結婚だけの話で収まるわけがない。

砂漠と草原と遊牧民中央アジアも、

コメばっかり作ってた温帯モンスーン気候の日本も、

太陽輝く地中海の古代ローマも、

開拓時代のアメリカ中西部も、

地域、時代、見た目に相違点はあれど、本質は共通点が多いのではないのか?

 

六代目山口組分裂~火消しのめ組、銭形平次、ニューヨーク市警&消防庁のバグパイプ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

だって、中央アジアチェチェン人も、日本の薩摩人も、地中海の古代ローマ人も、新大陸に移民したアメリカ開拓民も、同じホモ・サピエンスなんだから。DNAは同じなのだ。

だったら、みんな、同じコトをやってたに決まってるではないか。

特に、陰惨な行為は。