在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

神の受肉としてのナザレのイエスVS革命の受肉としてのロシアのカラシニコフ。

安価で、大量生産可能で、手入れが簡単で、故障に強い。

 

つまりはカネや技術や環境が生むハンディキャップを埋めてくれる。
弱者が強者に抗う機会を、貧者が富者に逆転する奇跡を、与えてくれる。

 

CNN.co.jp : ロシア生まれのカラシニコフ、米フロリダ州で製造開始へ

2016.01.28

AK−47はスターリン統治下のソ連で1947年に製造が始まった。カラシニコフというブランド名は、設計者のミハイル・カラシニコフ氏にちなむ。
AK−47の模造品は中国や旧ソ連諸国、米国など多くの国々で生産されている。だが本家カラシニコフブランドの銃は米国のコレクターから特別視されており、経済制裁発動以降は価格が急上昇していた。
カラシニコフ銃は耐久性と信頼性に優れ、世界各地で使われている。アフガニスタンでは、反政府武装勢力タリバーンから米軍が没収したカラシニコフ銃が1954年製だったという例もある。

 

「持たざる者」にとっては、その手で握ることのできる「福音」であり、 

「持てる者」にとっては、安眠を妨げる忌まわしい「黙示録」である。

 

目に見えぬ・手で触れられぬ《神》が「受肉」して、目に見える・手で触れられるナザレのイエスとして万人の元へ降り立ったように、 

目に見えぬ・手で触れられぬ《革命》が「受肉」して、目に見える・手で触れられる自動小銃AK47として万人の手へ与えられたのである。

 

使徒によってイエスの御言葉が世界の果てまで伝えられたように、
反逆者によって7.62ミリ弾は世界の果てまでばらまかれる。

 

仮に、幸運と、カラシニコフの福音によって、「持たざる者」が「持てる者」に勝利したとして、自らが「持てる者」の立場に成り上がったとしても、その瞬間、新たなる「持たざる者」がまたまた暗い冥界から沸いてくる。

「オマエの晴れ舞台は終わりだ。次はオレたちの番だ」と。彼らの飢えた手にもカラシニコフが握られているのである。そして同じように戦いは続く。

どれだけ革命が成功しようが、そこに勝者と敗者がいる限り、この世から弱者が消滅することはありえないし、貧者がゼロになることもない。

弱者や貧者がいる限り、革命は繰り返される。
弱者や貧者が無限なのだから、革命は永遠に繰り返す。

ナザレのイエスは「最後の審判」を説いたが、
カラシニコフには「永遠の闘争」しかない。

 

「父」と「子」と「精霊」は、三位一体であり、

「革命」と「カラシニコフ」と「死」も、また、三位一体なのだ。

 

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