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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

映画「十三人の刺客」(東映1963)~勤労天皇制~今上天皇 #生前退位 #譲位 より #日本会議 の不敬な主張の方が正しい。

www.youtube.com

十三人の刺客東映1963年/工藤栄一監督)

 

東映集団時代劇の傑作。見て損はない。おススメ。

 

11月23日は勤労感謝の日。戦前は新嘗祭であった。

つまり「労働」と「稲作」そして「天皇制」の祝日である。

 

しかし、長時間残業と過労死が流行る平成の御代、「勤労感謝」の4文字も単純に寿ぐ言葉でもなくなった。

 

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そして「糖質ダイエット」の時代、豊年満作も手放しで喜ぶ話でもないようだ。

 

糖質制限ダイエットVS天皇陛下新嘗祭~ご飯=コメ=稲は、タバコや麻薬と同じ、中毒性の【毒物】。 #長谷川豊 - 在日琉球人の王政復古日記

 

そして、世情騒がす「生前退位」問題こそが、まさに「労働」と「天皇制」の激突なのである。

 

原則として、皇位継承に関しては、化外の《土人》が口を出すのも不敬ながら、こう考える。というか「考えない」

 

皇室典範こそ最悪の不敬大逆。畏れ多くも皇位に口を出す凡下ども。皇位継承はただただ大御心のみ。 - 在日琉球人の王政復古日記

 

皇位継承は大御心の専管事項であって、草莽が口出しすべき話ではないのだ。

つまり「皇位継承を決めるのは、聖上ではない!政府だ!国民だ!法律だ!」という明治政府の皇室典範こそが、日本史上最低最悪の不敬・大逆なのである。

 

しかし、右翼も、左翼も、ヤマトチュにハッキリ公言する勇気がないのならば、余計な地雷を踏む趣味はないが(笑)、異邦の《土人》がヨゴレ役を買って出よう。

 

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#元号 #新元号 明治(メイチVSみょうじ)~大正(タイセイVSだいしょう)~昭和(ショウカVSしょうわ)~平成(ヘイセイVSびょうじょう) - 在日琉球人の王政復古日記

 

三島由紀夫のように腹を切る気は毛頭ないが、御諫言申し上げれば、

天皇制を毀損してるのは、日本会議ではないし、在日でも左翼でもない。

 

天皇制を危機に追い込んでいるのは、

畏れ多いことながら、今上陛下御本人にあらせられる。

 

非常に言い難いことだが、あってはならないことだが、こと生前退位に関しては、個人的心情は別にして、明治維新からの近代天皇制の原理に従えば、

 

今上天皇の大御心より、日本会議産経新聞の不敬な主張の方が正しい。

 

明治天皇=近代天皇制を、簡単に言えば「天皇は死ぬまで辞めるな」ということだ。近代国家の意思とは、国民だけでなく、君主にまで冷酷非情なのである。 

 

私は、安倍自民党のやることなら、TPPだろうが憲法改正だろうが、何でもかんでも全部100%正しい!と(実は本当のところはよく理解してないくせに)声高に主張するネトウヨでもないし、

逆に、安倍自民党のやることなら、金融緩和だろうが賃上げ要請だろうが、何でもかんでも全部100%間違ってる!と(中身を客観的に分析しないで)声高に主張する護憲派でもない。

 

全ては是々非々であり、たとえ、ナチスでも、北朝鮮でも、日本会議でも、妥当な意見は妥当である。他人事も、私情も、なるべく客観的でありたい。

私はウソの言えない根っからの正直者だ。性的にも完全にノーマルだ。

三浦瑠麗のノースリーブ・ワンピのワキの部分が気になって気になって、朝生の天皇制の議論が全く頭に入らなくなるような、「やはり瑠麗たんは蒸し暑い真夏に限るっ!寒い時期の三浦はゴミ」と思うような、変態性欲者・性的異常者ではないっ!断じて違うっ!

・・・あ、話を、ワキから、カミに戻す。 

 

天皇陛下がお疲れならば、摂政を立てて全てをお任せなされよ。お仕事なんかしなくていい。ご静養されよ。ただし生前退位は許されない。終身在位を全うされよ」

これが、明治維新が確立した明治天皇制=近代天皇である。日本会議もこのスタンスだ。

 

もちろん、天皇制は明治=近代に始まったものではない。

前近代から天皇制はある。そして江戸時代までの中世天皇制は、明治天皇制とはぜんぜん異なる。

前近代の天皇は、明治天皇制とはサカサマで、生前退位=譲位が当たり前だった。

その理由も、今上陛下のごとく、加齢・過労で仕事が全うできないから、ではない。

前近代の天皇生前退位=譲位するのは、大きく2つの理由からだ。

 

一つは、自分の意中の皇子に確実に皇位継承するためだ。

平成と異なり、前近代は一夫多妻制なので、一人の天皇が複数の妻を持ち、腹違いの複数の皇子がいるのが通常だった。そして必ず長子相続・本妻優先と決まっていたわけでもない。

というより、天皇ご本人が皇位を継がせたいと思う意中の皇子が、中宮=本妻の長男ではなく、メカケの次男坊ということも普通にある。

天皇ご自身が長子相続を守ってないのだから、母親の出身つまり母系姻族の政治権力によって、たとえメカケでも、次男三男でも、皇位が左右されるのが当たり前だった。

仮に、意中の皇子を東宮に就けておいても、遺言で念押ししても、崩御した後のことは、現人神といえどもどうにもできない。

だから自分の死後に政変が起きて、意中の皇子が廃嫡される可能性は十分すぎるくらいある。

つまり、皇位継承に自分の意思を確実に通すなら、目の黒い内に皇位継承する必要があるわけだ。よって生前退位が当たり前だったのだ。

 

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もう一つは、成仏するためである。

明治になって神道が前面に押し出されるようになったが、中世の天皇を見れば、明らかに神道より仏教の影響の方が大きかった。

中世の神道仏教と混交して、広い意味で仏教信仰の一部になっており、単独の信仰とはとても言えなかった。中世の日本は皇室も含め仏教国だったのだ。

仏教の理屈でいえば、生きてる内に仏門に帰依し出家しないと、天皇といえども、成仏の可能性がグンと下がることになる。しかし現役の天皇は出家できない。だから生前退位する必要があった。

 

明治天皇制=近代天皇制は、皇位継承から大御心(天皇の個人的好き嫌い・自由意志)を排除している。

次期皇位継承者は天皇の好き嫌いでは決めさせない。優先順位は長男を第1位に機械的に決定される。

さらに国家神道を前面に押し出すためには、天皇が出家して頭を坊主にして仏門に入られては困る。神道を優先し、仏教を排除する。つまり出家は認めない。となれば、生前退位は許されない。

明治政府は、皇室に普通にあった仏教信仰を強制的に「棄教」させたのだ。

 

というか、そもそも話はサカサマで、皇位継承から、天皇制から、天皇の個人的好き嫌い・自由意志を排除するために、国の信仰から仏教を排除し、国家神道をメインにするために、新規作成されたのが、明治天皇制=近代天皇制なのだ。

  

しかし、今上陛下の大御心は、

明治天皇制=近代天皇の論理でもないし、

かといって、前近代の中世天皇制とも異なる、

「勤労」天皇とも呼ぶべき、第3の理屈なのである。

  

映画「十三人の刺客」(東宝2010)~過猶不及~名君は暗君と同じくらい有難迷惑。 #生前退位 #譲位 #日本会議 - 在日琉球人の王政復古日記

に続く。