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在日琉球人の王政復古日記

NATION OF LEQUIO

「日の丸、君が代、日本国」VS護憲派「新国旗、新国歌、新国名」VSアナキスト「無国旗、無国歌、無国名」

【君が代訴訟】「処分は採用権の乱用に当たらない」不起立の教諭側が二審も敗訴 大阪高裁 - 産経WEST

大阪府立支援学校の卒業式で、君が代を起立斉唱しなかったため減給処分を受けた教諭、奥野泰孝さん(59)が、府に処分取り消しを求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁は24日、「処分は裁量権の乱用に当たらず違法ではない」として、原告側の控訴を棄却した。
 中村哲裁判長は判決理由で「職務命令は思想、良心の自由を間接的に制約する面はある」と指摘。その上で、君が代を起立斉唱することや、式場外での受け付け業務を命じたことについて「許容できる程度の必要性と合理性がある」と判断した。
 判決によると、奥野さんは平成25年3月の卒業式で、式場外での受け付け業務を命じられていたが式場内に入り、国歌斉唱時に起立斉唱せず、減給1カ月の処分となった。
 奥野さんは判決後の記者会見で「非常に残念だ。自らの思想、信条を表明することは認められるべきだ」と話した。
 府教育庁は「今後も教職員の厳正な服務規律の確保に努める」とのコメントを出した。

 

君が代、日の丸は、9条より難しい。

 

さて、日本のリベラル派や左翼には、日の丸や君が代を忌避する人が多い。

軍国主義の足音、ファシズムの再来、戦争の悪夢がよみがえる、という気持ち・危機感・不安も判らんではないが、感情はともかく理屈として成立するだろうか?

 

もし、「日の丸」「君が代」を拒否するならば、 

「日本」という国名はどうする?認めるのか?拒否するのか?
「国家」という制度はどうする?認めるのか?拒否するのか?

という、厄介な問題が待ち受けている。 

 

国旗(日の丸)・国歌(君が代)を拒否する思想は、大きく2つに分かれる。 

 

A.国旗・国歌という制度自体は認める。しかし現行の国旗・国歌のデザインや歌詞に反対する。

 

B.国旗・国歌という制度そのものに反対する。

 

Aの例は、ドイツやロシアである。
ハーケンクロイツナチス国旗は否定する。しかし黒赤金のドイツ三色旗には賛成する。
鎌とトンカチの赤旗は否定する、しかし赤青白のロシア三色旗には賛成する。

 

日本に当てはめれば、日の丸・君が代には反対だが、日本の国旗・日本の国歌という制度自体は認める、ということだ。

つまりは、国家というシステム自体は肯定する、という立場である。

9条護憲派も、思想的には、Aの立場でないとおかしい。

だって9条護憲派憲法の存在を認めているからだ。
憲法の存在を認めるということは、国家体制の存在を認めているのだ。
国家体制を認めているのならば、国旗や国歌を認めないと矛盾が生じる。

 

Aの場合、2つの問題をクリアしなければならない。

 

A-1.「新しい国旗」と「新しい国歌」をどうするのか?

仮に、日の丸・君が代を廃止したとしても、国旗・国歌は必要である。
なぜなら、国家というシステムは拒否していないのだから。 

となれば、日の丸・君が代否定論者は「新国旗」「新国歌」の具体的試案を国民にアピールするべきである。

これは、もし憲法改正と叫ぶのならば、まずはマトモな具体的改正案の条文を書いて持って来い、というのと(立場はサカサマだが)同じである。
もし、日の丸よりも優れたデザイン、君が代よりも優れた歌詞が提案されるのならば、賛同する国民も増えるだろう。

これも憲法改正と同じだ。優れた改正案なら国民投票に勝てるだろう。

 

A-2.国名は「日本」のままでいいのか? それとも「新しい国名」か?

日の丸・君が代の否定は、おそらく天皇制の否定に連動すると類推される。

「日本」という国名は(事実上の2代目天皇と思われる)天武天皇の命名である。もし天皇制を否定するならば、「日本」という国名も否定すべきではないのか? 

この場合も、国家というシステムは否定しないのだから、朝鮮が大韓民国になったように、ビルマミャンマーになったように、フランス王国フランス共和国になったように、この国にも「新国名」が必要になる。どうするのか?

ま、国名は、大日本帝国が日本国になったからOK、という妥協案もアリだが。

 

つまりAの立場なら、この国の「新国旗」「新国歌」「新国名」の具体的改正案を出さないといけない。

 

私は土人なんで、日本の君が代、日の丸には直接関係はないが、部外者の立場で君が代代替案・新国歌だけは提案してみた。

 

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Bの例は、アナキズム=無政府主義である。ネオリベ思想の過激系・リバタリアンもこの立場だ。 
国旗・国歌の否定は、国家そのものの否定になる可能性が高い。
現状、国旗・国歌という制度を否定して、なお国家という制度を成立させてる例は、地上に存在しない。

 

日本に当てはめれば、日の丸・君が代だけではなく、国旗・国歌という制度そのものの否定となる。 当然「日本」という国名も廃止だろう。

こっちの立場に立てば、戦後憲法も9条も否定・放棄しなければならない。

国家が存在しないのに、憲法だけが存在することはあり得ない。

 

そうなれば、1つの問題をクリアしなければならない。

 

B-1.「国家」無き社会で、弱者はどうやって生きて行くのか?

「国家」無き社会は、国旗も国歌も国名も憲法も無い。

それだけでなく税金も無いし、交通法規も無い。軍隊も無いが警察も無い。老人の年金もない。障害者への福祉も無い。
簡単にいえば、マンガ「北斗の拳」の世界である。
老人は死ね、貧乏人は飢えろ、女性は強姦されても知らん、でいいのか?

 

もちろん「国家なんか無いほうがいい。市場経済さえあればいい」と主張するリバタリアンもいるが、Bタイプ国旗国歌否定論者はリバタリアニズムでやっていくつもりか?

もしもリバタリアンでもないのなら、いったい、どんな「国家無き社会」を想定しているのか?

 

「日の丸改正、君が代廃止」は、「憲法改正、9条廃止」より難しい話なのである。

 

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