在日琉球人の王政復古日記

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勝手に受精した「父母」こそ「子供の」自己決定権侵害~ #反出生主義 #プロチョイス #プロライフ #エフィリズム #アンチナタリズム

勝手に出産した元妻に賠償命令 自己決定権の侵害を認定:朝日新聞デジタル

2020年12月8日
 別居中、凍結保存された受精卵を使って勝手に出産したとして、40代の元夫が元妻に慰謝料などの支払いを求めた訴訟の控訴審判決が大阪高裁であった。山田陽三裁判長は「夫が子をもうける自己決定権を侵害した」として一審・大阪地裁判決を支持。元妻に約560万円の賠償を命じた。判決は11月27日付。
 高裁判決によると、元妻は婚姻中の2014年不妊治療を手がける東京都内のクリニックで夫婦で凍結受精卵をつくった。別居中の15年4月、移植同意書に夫の署名を記入してクリニックに提出。無断で受精卵を移植し、16年に女児を出産し、翌17年に離婚した。
 山田裁判長は「個人は子をいつ、誰との間でもうけるかを決められる人格権としての自己決定権を有する」と指摘。望まない女性に子を出産されたとして男性の自己決定権の侵害を認定。「移植の同意があった」とした元妻側の主張を退けた。
 ただし、夫の明確な拒否があったとはいえないことなどを踏まえて賠償額を880万円から減額した。

 

いやいや、旦那さんの前に、お子さんの自己決定権の侵害でしょう。

 

だって、お子さんは「生まれる」前に、お父さんからも、お母さんからも、「生まれたい」とも「生まれたくない」ともお子さん自身の希望を確認されてない。

お子さんの自己決定権は完全に侵害されている。

 

この「生まれる」とは「出産時」なのか?「受精時」なのか?

難しいところだが「受精時」と考えるべきだろう。受精した時点で生命と考える立場もある。

 

ゆえに、旦那さんは、元・奥さんも、受精卵を作った時点で、お子さんを作った。

だから、旦那さんは、すでに「子供を作る」自己決定も、「(当時の)奥さんとの間に作る」自己決定も、決定済みではないのか?

 

この裁判は日本だからこういう判決になるが、アメリカ連邦最高裁だったら、控訴棄却ではないか?

人工妊娠中絶賛成「プロチョイス」のユダヤ系リベラル派ギンズバーグ判事が冥土に旅立たれ、

トランプさんが、人工妊娠中絶反対「プロライフ」のカトリック保守派バレット判事を任命して、

2020年現在の連邦最高裁は圧倒的に保守派優位。

 

プロライフは人工妊娠中絶反対。受精した妊娠した時点で、胎児の生命優先で、妊婦の人工妊娠中絶の自己決定権を認めないんだから、旦那さんの「子供は欲しくない」自己決定権も認めないでしょう。

もちろん「あのー、ボク、生まれたくないんですけど」という胎児の自己決定権も認めない。

受精した時点で、妊婦の自己決定権より、旦那さんの自己決定権より、お子さんの自己決定権より、お子さんの生命=神の決定権が優先されるのだ。

 

「(子供本人が生まれたいのか?生まれたくないのか?事前に確かめられないんだから)子供は作るべきではない」という考え方を「反出生主義」という。

「エフィリズム(EFILism/LIFEの反対)」「アンチナタリズム(反ナタリズム)」とも呼ばれる。

 

「本人の同意なしになぜ生んだ?」インドの男性が両親を告訴へ | ハフポスト

2019年02月07日
同意は大切だが、一体どうやって生まれる前に同意をとればいいのだろう…。

同意なしに自分を生んだ」という理由で、インド・ムンバイに住む27歳の男性が両親を告訴しようとしている。インドのテレビ局NDTVなどが報じた。
不合理にも思える理由で両親を訴えようとしているのは、ラファエル・サミュエルさん。サミュエルさんは反出生主義者で「苦しみや悲しみばかりの世の中に、子供を産むことは倫理的に間違っている」と信じているそうだ。
サミュエルさんがFacebookページに掲載した写真には「なぜ苦しまなければいけないのか」「やりたくないことを、なぜやらなければいけないのか」といった、生を受けたことへの不満や疑問が書かれている。
また、インドのニュースサイトLatestlyのインタビューで「生殖は、地上で最もナルシスト的な行為です。子供を作った人たちに、なぜ子供を作ったかのを聞くと、必ず最初に答えるのが『欲しかったから』という理由です。子供を生み、苦しみを味わわせるのは間違っています」とサミュエルさんは答えている。
Latestlyによると、サミュエルさんのような反出生主義を掲げる人たちの活動が、インドでは広がっている。彼らは子供たちに不要な苦しみを経験させるべきではない、人類は地球や環境に悪影響を与えるといった理由で、子供を生むことに反対している。
反出生主義には反論も多い。サミュエルさんのFacebookページにも「人間は、子供を作るようにできていて、子供たちは授かりもの。ユニークな才能を世の中にもたらしてくれる。私は自分の母がしてくれたこと全てに感謝している」といったコメントが書き込まれている。
反論に対してサミュエルさんは、「私たちはただ、苦しみと不必要に子供を生み出すことを減らしたいだけ」と話している。
産んだ親を責めているサミュエルさんだが、意外にも親子仲は良いという。「両親は、私が自立的な考え方をとても誇りに思っている」とサミュエルさんはLatestlyに話す。
また、Facebookに母親の意見も載せている。それによると、サミュエルさんの両親はともに弁護士。「私たちが彼にどうやって同意を取ることができたのかについて、ラファエルが論理的な説明ができたならば、自分たちの非を認めましょう」と母親は述べている。
相手の同意を取ることはとても大切だ。しかし、生まれる前の子供への一体どうやって同意をとったらいいのか...。サミュエルさんの今後の説明に注目したい。 

 

訴えた彼がインド人であることに因縁を感じる。

同じインド人が2500年も前に回答を出している。

 

生苦:生まれることは苦。
老苦:老いていくことは苦。
病苦:病むことは苦。
死苦:死ぬことへの恐怖・不安は苦。
愛別離苦:愛するものと別れる苦。
怨憎会苦:憎むものに出会う苦。
求不得苦:求めるものが得られない苦。
五蘊盛苦:肉体と精神が思い通りにならない苦。

 

この世に生きることは「四苦八苦」である。

生れることはトータルでマイナスだ。生れなければプラマイゼロだ。

つまり、生まれない方がマシだ。

 

印度の釈迦こそ反出生主義の代表的思想家だった。

 

すでに生まれてしまったわれわれは、今さら死ぬのも辛い。

ゆえに、2度と生まれてこないように、輪廻のくびきから逃れるために、

出家して修行して知恵を得て、解脱するしかない(小乗=上座部)。

それもできない末法衆生は、御仏の慈悲にすがり、往生を願うしかない(大乗・阿弥陀信仰)。

 

そして、すでに生まれてしまったわれわれは、これ以上被害者を出さないように、特に出家者は戒律として、子供を作ってはいけない。

 

古代印度にスディンナという男がいた。

富豪の跡継ぎ息子だったのに、道を求めて、釈迦に弟子入りを望んだ。息子が世捨て人になってしまうことに大反対の両親にスディンナはハンストで抵抗。根負けした両親は出家を認める。その後修行を重ね悟りを長老と呼ばれるまでになった。

そこに両親が財産を継ぐ跡取りとして彼に孫を作って欲しいと求める。親不孝な生き方に後ろめたさもあってか、スディンナは両親の要求を受けて、元妻と同衾して実子をなす。

出家の戒律を破ったスディンナは後悔して釈迦に告白する。釈迦は破戒を叱責する。

 

「愚か者よ。むしろ怖るべき毒蛇の口の中に男根を入れようとも、女性の陰部の中に男根を入れてはならぬ。
 愚か者よ。むしろ燃え盛る火坑の中に男根を入れようとも、女性の陰部の中に男根を入れてはならぬ。」

 

釈迦が怒ったのは、

セックスという快楽を忌避したのか? 

妊娠出産という生命の再生産を忌避したのか? 

前者は間違いないところだが、後者の意味もあっただろう。

なぜなら、弟子スディンナが快楽のためにセックスしたわけではないことを、釈迦は知っているからだ。快楽で無くともセックスはダメ。つまり生命の再生産を忌避しているのである。

 

旧約聖書創世記。

始原の人間アダムとイブは、知恵の樹の禁断の実を食しエデンの園を追放され、その後カインとアベルを作る。

楽園に居る時は子を成さず、呪われてから子を成す。

そして長男カインは次男アベルを殺す。生れてきたからこそ罪を犯した。生れてこなければ罪も無かったのだ。

誕生こそ間違い、子作りこそ間違いなのである。

 

「産めよ、増えよ、地に満ちよ」のアブラハムの宗教にも、反出生主義的発想は隠れている。

「神の御心のままに。人間に自己決定権はない」とするキリスト教福音派が崇めるプロライフの聖典にも、プロチョイスの魔の手は忍び込んでいる。

 

印度の釈迦とはサカサマに、人間と人間に共感性「仁」を価値とし、人間社会の維持システム「礼」を重視し、親と子の生命の連続性「孝」を貴ぶ支那孔子はプロライフの代表のように見える。しかし、果たしてそうか?

 

産む・産まないは「母体」に決定権がある、とするギンズバーグ判事はプロチョイスである。

 

生命を授かる・授からないは神の御心のままに、人間に決定権はない、とするキリスト教福音派はプロライフである。

 

この世は地獄であり、不幸になるだけの子供は産まない方が良い、とする釈迦は確かにプロチョイスであって、かつ反出生主義である。

 

仁・礼・孝とため子孫を残さなければならない、とする孔子は確かに「出生主義」である。反出生主義ではない。

しかし、生命を授かる・授からないは神の御心のままにという、出たとこ勝負でもない。

子孫は必ず作らねばならないという決定権は親に=人間社会にある、とするプロチョイスなのだ。 

つまり「子供は要らない」という人工妊娠中絶プロチョイスではなく、「子孫は絶対必要」という妊活&不妊治療プロチョイスであり、かつ出生主義である。

 

では人工妊娠中絶のサカサマはどうなるか? 一番上のニュースのような人工授精・体外受精、科学技術で妊娠するは良いのか?悪いのか?

 

キリスト教福音派カトリック保守派は「とにかく産まれればいい」のではない。「妊娠・出産が絶対」なのではない。「神の御心が絶対」なのである。産む・産まないは神が決める、人間の判断で産む・産まないを決めるな、ということだ。

だから、人工授精・体外受精は人間の判断だから、基本的にダメである。

 

しかし、儒教ならば、「産まれることが重要」だから、人工授精・体外受精もOKだろう。

孔子も、釈迦と同じく、ギンズバーグ判事と同じく、人間の自己決定権を尊重するプロチョイスであって、プロライフではないだろう。 

まとめると、こうなる。

 

※プロライフ+出生主義:キリスト教福音派(アメリカ)

※プロライフ+反出生主義:該当なし?

※プロチョイス+出生主義:孔子(支那)

※プロチョイス+反出生主義:釈迦(印度)、リベラル派(アメリカ)

 

 

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